書評

『生きつづける民家: 保存と再生の建築史』(吉川弘文館)

  • 2024/09/04
生きつづける民家: 保存と再生の建築史 / 中村 琢巳
生きつづける民家: 保存と再生の建築史
  • 著者:中村 琢巳
  • 出版社:吉川弘文館
  • 装丁:単行本(243ページ)
  • 発売日:2022-04-20
  • ISBN-10:4642059482
  • ISBN-13:978-4642059480
内容紹介:
メンテナンスを繰り返し、部材がリサイクルされる民家の特性を解明。自然素材、伝統技術などからも、秘められた価値を見つめなおす。

現代と対照的、木材循環の生活文化

日本の住宅の寿命は約32年。世界に類を見ないほど短く、イギリスでは約80年。アメリカにしても約67年で日本の2倍近い(国土交通省推計「滅失住宅の平均築後年数の国際比較」)。

中古住宅の市場価格も購入した時点で2割、1年で3割と下がり続け、木造だと25年でゼロ査定が相場とされる。市場価格がゼロならば住まない限り廃棄物も同然で、むしろ取り壊しに費用がかかる。40歳で30年ローンを組んでも払い終わる前に市場価値が消えるのだから、高齢者に資産が不足し、空き家が全国で増えるのも当然だ。

日本は震災国だからとか欧米のように石造りじゃないからと考えがちだが、そうした短慮を根底から覆すのが本書である。江戸中期から後期にかけて成立した「近世民家」は長寿命こそが民家の特徴だったとし、驚きの仕組みを解き明かす。

古来、日本の住居は柱を地面に埋める「掘立式」で、柱根が腐朽する宿命にあった。それが礎石に柱を置く「石場建て」に替わると梁(はり)で屋根を支え柱の軸と梁の小屋組みが分離されるようになる。さらに接続部で釘や金物を使わない「継手仕口(つぎてしくち)」は、住宅の木材をほどいて移築したり再利用したりすることを可能にした。

興味深いのは、借財を残した百姓が家屋敷・家財道具を売り払って返済に当てた「分散」の記録だ。一軒丸ごとで売るのではなく、柱や桁・梁といった構造材、鴨居(かもい)や敷居、天井や床といった化粧材、戸や障子、押し入れ戸といった建具に解体し、古材として売り立てている。民家は一戸建てだけではなく部材としても流通した。

著者は「分散」の帳簿や農家の相互扶助記録である「普請帳」、家伝の「年中行事帳」「日記」を詳細に読み解き、民家のリサイクル事情を鮮烈に描き出す。古材は資産であり延々と利用された。新築し廃棄で生命を終える現代とは対照的な住宅観である。

火災や分家の際には更地に建てる(取建)が、それも新材に古材が混じった。新材の確保には備林が用意され、寸法が規格化された古材は保管・転用された。「棟継上ケ」や「軒継上ケ」といった増築、柱根継、土台替、屋根葺替(ふきかえ)の「取繕」が続き、新しい土地に移築する「曳家(ひきや)」も少なくなかったという。

町家では賃金を対価とする職人衆、大工や屋根屋、植木屋等、年に百人もの職人が出入りし修繕を行った。春は屋根の手入れ、夏は土蔵掃除と畳上げに家財道具の虫干し、冬は垣根結びと、季節ごとに衣替えのように更新がなされた。貨幣が回らない農家では、地域住民が相互扶助で賄った。

そうした木材循環の生活文化がクライマックスを迎えたのは明治期だったと著者は推定する。明治末からは機械製材が増え、木材は価値が下がって、循環させる動機が失われた。とりわけ戦後の住宅産業は、高温多湿という自然を断熱と気密、エアコンで克服しようとした。それまでの開放的でしなやかに自然を受け流す民家の伝統は、冬の寒さやプライバシーのなさで過去のものとなったかに見える。

現代の快適さはもはや手放せない。それでも季節感や地域性、自然との共生といった美質は継承したくなる。本書は我々が半歩後戻りする手がかりを与えてくれている。
生きつづける民家: 保存と再生の建築史 / 中村 琢巳
生きつづける民家: 保存と再生の建築史
  • 著者:中村 琢巳
  • 出版社:吉川弘文館
  • 装丁:単行本(243ページ)
  • 発売日:2022-04-20
  • ISBN-10:4642059482
  • ISBN-13:978-4642059480
内容紹介:
メンテナンスを繰り返し、部材がリサイクルされる民家の特性を解明。自然素材、伝統技術などからも、秘められた価値を見つめなおす。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2022年5月28日

毎日新聞のニュース・情報サイト。事件や話題、経済や政治のニュース、スポーツや芸能、映画などのエンターテインメントの最新ニュースを掲載しています。

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
松原 隆一郎の書評/解説/選評
ページトップへ