書評

『「切り札」山下泰裕は日本柔道界を変革できるか』(本の泉社)

  • 2024/07/31
「切り札」山下泰裕は日本柔道界を変革できるか / 木村 秀和
「切り札」山下泰裕は日本柔道界を変革できるか
  • 著者:木村 秀和
  • 出版社:本の泉社
  • 装丁:単行本(200ページ)
  • 発売日:2021-12-08
  • ISBN-10:4780718309
  • ISBN-13:978-4780718300
内容紹介:
「はじめに」で著者は言う、「私は心配なのである。というのも日本の柔道人口が年々減少し、ついに10万人台、しかもそれを割ろうかというまでになってしまっていること」、そして「最後の切り… もっと読む
「はじめに」で著者は言う、「私は心配なのである。というのも日本の柔道人口が年々減少し、ついに10万人台、しかもそれを割ろうかというまでになってしまっていること」、そして「最後の切り札」として全柔連会長に就任した山下泰裕氏のもとでも暴力事件が減らないどころか、「改革に背を向けた姿勢が目立つ」。いったいどうなってしまったのか。 30年余にわたって日本柔道界を見続けてきたジャーナリストが、思いの全重量をかけて問いただし、提言する。山下よ、目を覚ませ! と。

ミスター非公開、停滞日本社会の縮図

昨年の東京無観客五輪で圧倒的な勝ちを収めた日本柔道。監督と選手たちに意志の疎通があり、代表チームは良い関係にあることが覗われた。女子チーム15人が監督の暴力を訴え、全柔連(全日本柔道連盟)が助成金の不正使用を指弾されて内閣府や第三者委員会から改善を勧告された2013年を思えば、隔世の感がある。それでも意外や柔道界全体の体質改善は進んでいないと著者はいう。

山下氏はいわば「ミスター非公開」。全柔連の評議員会からマスコミを締め出した2014年を皮切りに、JOC(日本オリンピック委員会)会長に就いた2019年には理事会を非公開に。極めつけが2020年の全柔連「懲戒処分の公表基準見直し」。不祥事があっても中身はほとんど公表しないこととした。

著者は30年間、柔道界に密着し観察してきたベテラン記者。雑誌記事に接した読者ならば、著者が全柔連の会議から中高生の試合も含めどれほど多くの現場に通ったか知っている。本書には苦言が満ちているが、暴露本ではない。多数挙げられる事件はマスコミで公表されてきたものばかり。本書の真骨頂はそこから組み上げた全体像だ。それはまるで停滞する日本社会の縮図である。

若手に人材はいる。男子日本代表を躍進させた井上康生前監督が筆頭格だ。正論を提言する論客もいる。山口香氏がその代表だ。天野安喜子氏ら女性審判員の国際舞台での活躍も目覚ましい。それなのに古参に対する忖度(そんたく)から、清新な力を生かし切れない。山下氏はIJF(国際柔道連盟)の意志決定の場から外され、東京五輪を延期する政治家の話し合いでも呼ばれなかった。それでいて山口香氏がマスコミに声を上げるとめざとく批判する。要は内弁慶なのだ。

何を守ろうとしているのか。本書で指摘されるのは指導者たちの体面である。もともと柔道界では指導者が試合に負けた選手に「自分の指導通りにしないから負けた」と罵声を浴びせ、殴る蹴るする光景が日常茶飯事だった。2013年に全柔連が「暴力根絶」を宣言したものの、2017年に報告された暴力行為は20件に上る。それでも全柔連は五輪でのメダル獲得を至上命題とみなし、指導者たちは暴行を指導と言い募ってきた。暴力根絶は女性登用とともに五輪憲章の精神でもあるため、大きな矛盾がそこにはある。

ただし憲章を徹底すれば口べたな先輩方が抹殺され忍びない、と山下氏が言いたい気持ちは分かる。2度金メダルを獲得したUは、不祥事で反省の機会も与えられず追放された。だがそれならば、社会と隔絶された道場で闘いに明け暮れた現役時代を終えるメダリストたちには、社会常識を植え付ける再教育の機会を整備すべきだ。著者が提言する「研修の義務づけ」や「指導者資格制度」がそれに相当する。付言すれば一定期間ごとの更新も必要だ。社会常識は変わる。大半を占める非指導者にとっていまや柔道は職業を保証せず、真剣に取り組んでも趣味でしかない。同じ殴られるなら納得ずくの打撃格闘技に進むだろう。柔道人口が減り続けた主因である。

山下氏はこの捨て身の諫言に聞き耳を持つだろうか。本書から憶測される答えは「否」なのだが。
「切り札」山下泰裕は日本柔道界を変革できるか / 木村 秀和
「切り札」山下泰裕は日本柔道界を変革できるか
  • 著者:木村 秀和
  • 出版社:本の泉社
  • 装丁:単行本(200ページ)
  • 発売日:2021-12-08
  • ISBN-10:4780718309
  • ISBN-13:978-4780718300
内容紹介:
「はじめに」で著者は言う、「私は心配なのである。というのも日本の柔道人口が年々減少し、ついに10万人台、しかもそれを割ろうかというまでになってしまっていること」、そして「最後の切り… もっと読む
「はじめに」で著者は言う、「私は心配なのである。というのも日本の柔道人口が年々減少し、ついに10万人台、しかもそれを割ろうかというまでになってしまっていること」、そして「最後の切り札」として全柔連会長に就任した山下泰裕氏のもとでも暴力事件が減らないどころか、「改革に背を向けた姿勢が目立つ」。いったいどうなってしまったのか。 30年余にわたって日本柔道界を見続けてきたジャーナリストが、思いの全重量をかけて問いただし、提言する。山下よ、目を覚ませ! と。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2022年1月22日

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