「沖縄返還」密使が語る全貌
驚きと興奮のうちに一気に読み終えた。二段組みで六百頁をこえる大著たることを感じさせないほどの著者は大変なストーリーテラーだ。しかし、従来のジャンルにはあてはまらないこの「物語」を何とよべばよいのだろう。著者若泉敬は、昭和四十年代の論壇雑誌でアメリカの政府要人との単独会見を次々と物した有名な行動派の学者である。同時に彼が沖縄返還にかなりコミットしていたことも風聞としては伝えられてきた。今回本当に突然四半世紀にわたる沈黙を破って、佐藤栄作首相の密使として、ウォルト・ロストウやヘンリー・キッシンジャーらとのチャネルを通して、沖縄返還交渉に携わったことの全貌を明らかにした。
この「物語」の特色は、第一に著者の体験を自身のメモ類に基づいて再構成するとともに、門外不出の「佐藤栄作日記」の記述とつき合わせた点にある。第二は日米の関係者の回顧録及び当時の新聞記事をふんだんに使うことによって、「物語」の多面的理解を求めた点にある。つまり、佐藤やキッシンジャーらとの臨場感あふれる息づまるやりとりが微細に叙述されると同時に、著者の密使としての当時の判断と、学者としての今日の判断とが並行して示されるのが、まことに面白い。その意味では(注)にも気をつけたい。
それにしてもことは重大だ。核抜き返還の裏に、緊急時の核持ち込みについての日米トップ署名の秘密合意議事録があったというのだから。外交に「非公式チャネル」はつきものだとは言え、こうもあっさりと黒衣(くろこ)がすべてを白状してもよいのだろうか。外務省や日米両政府はどのように反応するのだろうか。今後の日米関係への影響如何。などなどこの「物語」は歴史の帷(とばり)の彼方へではなく、まさに現代的争点へと読者をいざなうことになろう。
最も戦慄を覚えるのは、この「物語」を貫くもう一つの筋、そう「繊維問題」に関する著者の苦渋に満ちた語りに出会う時だ。これこそは、いかなる意思にせよ権力とつき合うことになった知性が支払わねばならぬ代償に他ならなかったからである。