書評

『吉田茂書翰』(中央公論新社)

  • 2024/07/15
吉田茂書翰 / 吉田 茂
吉田茂書翰
  • 著者:吉田 茂
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:単行本(849ページ)
  • 発売日:1994-02-25
  • ISBN-10:4120022935
  • ISBN-13:978-4120022937
内容紹介:
国際情勢の分析、国内政治の動向、政策判断と指示、真情あふれる助言など、日記をつけなかった名宰相が遺した現代史の貴重な証言。非公開の840通を含む、183人に宛てた1164通を収録する第一級資料。

佐藤・池田への微妙な心情

人を食った回想談しか残していなかった吉田茂の書翰(しょかん)集が出た。なかなか面白い。吉田学校の優等生と言われた池田勇人と佐藤栄作に対するスタンスのとり方の違いがわかる。たとえば昭和三十九年六月、池田三選問題で佐藤との対決が濃厚になった際、吉田は次のように忠告を発した。「首相としてハ此際自ら政争之渦中に投せす毅然として政争外ニ立ちて後継者を指命するの立場を堅持せられ度、斯くてこそ自然将来再起の機運を醸出可致」。

吉田は明らかに佐藤後継を迫っていた。吉田は池田の何に不満があったのか。それも吉田の書翰からうかがえる。吉田は、終始池田のリーダーシップに批判的であった。“寛容と忍耐”でスタートした池田に対して、早くも三十五年十一月には「此際の低姿勢ハ国民をして内閣弱体なるか故と思ハしめ却而人気に障ハり内閣之将来ニ影響せしむへく」と、方針の転換を促している。さらに二期目の第四コーナーにさしかかった三十八年十二月には「此際断然低姿勢ハ一掃せられワンマン振に御変更相成度ものと存候」と真正面からの批判を浴びせている。

ワンマン宰相と言われた吉田は、ワンマン的リーダーシップの復活をむしろ佐藤に期待したのである。しかし吉田は、パーソナリティとしては直截に物が言える池田の方をはるかに好んでいた。三十五年七月、池田新内閣に入閣しなかった佐藤に対して、「貴殿入閣とのみ存居候為め些か失望致候、尤(もっと)も老兄の為めニハ組閣ニ尽力の後の今日入閣されぬかよかつたとも存候得共」と、含みのある言い方をしていることにも明らかである。

この他、戦時期を中心とする牧野伸顕、宇垣一成宛(あて)の書翰、戦後復興期とその後をカバーする林譲治、緒方竹虎、愛知揆一、保利茂、西春彦宛の書翰、皇室と教育をテーマとする小泉信三、三谷隆信宛の書翰などに、吉田の人間性を彷彿とさせる趣がある。いずれにせよ、吉田の主張は明快そのものである。
吉田茂書翰 / 吉田 茂
吉田茂書翰
  • 著者:吉田 茂
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:単行本(849ページ)
  • 発売日:1994-02-25
  • ISBN-10:4120022935
  • ISBN-13:978-4120022937
内容紹介:
国際情勢の分析、国内政治の動向、政策判断と指示、真情あふれる助言など、日記をつけなかった名宰相が遺した現代史の貴重な証言。非公開の840通を含む、183人に宛てた1164通を収録する第一級資料。

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初出メディア

読売新聞

読売新聞 1994年3月28日

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