書評
『Fire and Fury』(Little, Brown)
トランプの卑小さを露呈させた暴露本「炎と怒り」
年明けに発売された話題の暴露本に新事実はないが、トランプ政権のあまりにも酷い実態がこれで露わになった
ドナルド・トランプ米大統領とホワイトハウスの内情を暴くノンフィクション『Fire and Fury 』は、発売前に一部がメディアで紹介されて話題になっていた。ホワイトハウスは出版の差し止めを請求したが、出版社のHenry Holt and Co.はそれに応じず、発売日を前倒しして5日に発売した。トランプ大統領の過剰反応がかえって読者の好奇心をそそったのだろう、発売日に全米の書店でハードカバーが売り切れ、アマゾンでもハードカバーは在庫切れ、キンドル版とオーディオブック版ではベストセラー1位になっている。
じつは、著者のマイケル・ウルフ自身も、トランプに負けじとお騒がせな人物だ。ニューヨークを拠点に出版・メディア業界で長いキャリアを持つが、あちこちで摩擦を起こし、多くの人々を怒らせてきた。
その1人が、英タイムズ紙、20世紀フォックス、ウォール・ストリート・ジャーナルを次々と買収していったニューズ・コーポレーションの創始者かつCEOのルパート・マードックだ。ウルフはマードックに近づいて親しくなり、2008年に『Man Who Owns The News』という伝記を書いた。しかし、マードックが想像したような高尚で好意的な内容ではなく、まるでゴシップ雑誌のように批判的で嘲笑するような内容だった。むろんマードックは激怒したという。
ウルフは、トランプ政権下のホワイトハウスに入り込んで200回以上の取材を行ったというが、彼の経歴について忠告してやる者はいなかったのだろうかと疑問を感じる。彼が書いた作品を読んだ人がいなかったからかもしれない。トランプは新聞の見出し以上の活字は読まないことで知られるし、ウルフによると彼の側近や家族で少しでも本を読む(読める)のは、スティーブ・バノンだけらしい。
通常、大統領やホワイトハウスに接近できるのは、その道でしっかりしたキャリアを持つ人物だけで、それを確認するために多くのプロが下調べをする。ウルフがこのような暴露本を書けた事実そのものが、トランプ政権下のホワイトハウスが国を指導するために必要な最低限度の知識と能力に欠けたアマチュア集団であることを示している。
まるでその場にいるかのような臨場感のある表現で伝えるウルフの文章は、ゴシップ雑誌やタブロイド新聞のようだ。個々の人物の発言の信憑性は確かではないが、まったくの「偽り」だ思う内容はほとんどない。アメリカのニュースを追っている人であれば、これまでにメディアに流れたリークですでに知っていることばかりだ。
また、私が実際にその場にいた人からオフレコで聞いたエピソードのいくつかも一致している。発言の中での単語の選択や表現などの誤りはあるかもしれないが、全体像としてはそう現実から遠くないと思わせる。
先にも書いたが、内容に驚きはほとんどない。
その中で私が興味深いと感じた点をいくつか紹介しよう。
▼トランプは、混迷する選挙陣営を立て直す選対本部長の役割を、最初は古くからの友人であるロジャー・アイレスに依頼した。アイレスは保守系ニュース放送局「FOXニュース」の元CEOで、セクシャルハラスメントで職を追われるまで保守系メディアで最も大きな権力と影響力を持っていた人物だ。彼は、トランプのことを「自制心がない。目的達成のための戦略を立てる能力がない」そして「理念のない反逆者(a rebel without a cause)」と見ていた。また、アドバイスを受け入れないどころか耳も傾けないトランプの性格を知っているので、依頼を断った。その1週間後にその役割を引き受けたのがスティーブ・バノンだった。
▼トランプと選挙陣営は大統領選には負けると考えていた。勝利は本人にとってもショックで、それまでの静かな生活に戻るつもりだったメラニア夫人は失望の涙を流した。
▼トランプは負けると考えていたし、大統領の仕事そのものには興味がなかったので、政権の人材や閣僚についてはまったく考えていなかった。また、選択の範囲も狭かった。国家安全保障担当の大統領補佐官を選ぶときに候補があまりいないことについてバノンはこう言った。「(選挙中にトランプは大統領にそぐわない人物だという書状を共同署名で公開した米軍将官ら)ネバー・トランプ全員と、(アフガニスタンとイラク)戦争に巻き込ませたネオコン全員を取り除いたら、あまり控え選手はいない」
▼トランプには政治的な信念や政策はない。すべての政策は、そのときに誰の意見が頭に残っているかで決まる。それは誰にも予期できないし、強く押しすぎると、かえって逆効果になりかねない。
▼トランプの初期のホワイトハウスには、白人至上主義でオルタナ右翼過激派のバノン、ウォール街と密着するニューヨーク型の民主党のジャレッド・クシュナー、元共和党全国委員長で就任時に首席補佐官に任命されたラインス・プリーバスの3つの勢力があった。国の運営について少しでも知識があるのはプリーバスだけだったが、トランプ政権での影響力はなく、彼が長続きしないことは最初からわかっていた。
▼ジャレッド・クシュナーと妻のイヴァンカは、将来機が熟したら、大統領選に出馬するのはイヴァンカだという約束を取り交わした。イヴァンカは「初めての女性の大統領は、ヒラリーではなく、イヴァンカ・トランプ」と自分で悦に入っていたという。
(次ページに続く)
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