書評

『日本人はどこから来たのか?』(文藝春秋)

  • 2017/07/01
日本人はどこから来たのか? / 海部陽介
日本人はどこから来たのか?
  • 著者:海部陽介
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(213ページ)
  • 発売日:2016-02-10
  • ISBN-10:4163904107
  • ISBN-13:978-4163904108
内容紹介:
アフリカを出た私たちの祖先はヒマラヤ山脈を北と南に別れ、再び日本で出会った。科博の俊英研究者が世界に問う新たなる仮説。

最大の疑問が解かれる日

日本人はどこから来たのか? この問いは古くて新しい。柳田國男が内務官僚から民俗学者に転じたのも、網野善彦を歴史研究に駆り立てたのも、結局はこれが動機である。

しかし、文献伝承の分析では限界があり、最後は想像力に頼るしかなかった。ところが人骨化石の形態学、考古学、DNA分析にコンピュータが導入されて以来、研究が進化し、以前とは比較にならない精度でこの問いに答えることが可能となってきている。

とはいえ、個々の分野での研究精度が上がっても、それを統合する視点がなければ問いは焦点を結ばない。ジャワ原人進化史を専攻していた著者はホモ・サピエンス(現生人類)のアフリカからの世界拡散に興味をシフトさせるうち、ホモ・サピエンスがインド洋に面した海岸ルートを移動してオセアニアに達したとする海岸移住説に対して疑問を持ち、遺跡地図の作成を思い立つ。

原則は「遺跡証拠の厳密な解釈」と「周辺地域の探索で終わらずグローバルな視座から比較する」の二つである。すなわち人骨化石が発見されている場合は年代値が正しいか否かを吟味し、出土石器のみの場合もホモ・サピエンス特有のものか否かを判定する。そして残った「信頼できる/有用な」遺跡をマッピングすると、意外な結果が浮(うか)びあがった。できあがった遺跡地図は海岸移住説が主張するような第一波(海洋部)と第二波(内陸部)の二段階拡散ではなく、「ユーラシア全体への拡散が、爆発的な一度のイベントであった」ことを示していたからだ。

すなわち、ホモ・サピエンスはユーラシア大陸移住後、ヒマラヤ山脈の麓(ふもと)で、インドから東南アジアに進んだヒマラヤ南ルートと、もう一つ、ヒマラヤから南シベリアに進み、モンゴル、中国、朝鮮半島あるいは北極圏に至るヒマラヤ北ルートに分岐したのである。特に後者では予想したよりも早い時期に、ホモ・サピエンスが寒冷な気候を創意工夫で乗り越えながらシベリアに移住していったことを示している。

では、このマッピングから「日本人はどこから来たのか?」を解くとどうなるのか? 三万八〇〇〇年前以前の遺跡がない無人の日本列島に、対馬、沖縄、北海道の三ルートからホモ・サピエンスが入ってきたことは確実だが、しかしここで一つ問題が起きる。氷河期の日本列島は今より海面が八〇メートルほど低く、本州・四国・九州が一体となった「古本州島」をなしていたが、それでも朝鮮半島や北海道(大陸と地続き)とは海峡で隔てられ、琉球列島も多くは孤立した島々であったことである。つまり、どのルートにしろ古本州島に移住しようとすれば集団で船を使って海を渡らなければならないことになるのだ。特に移住時期が最も古いと見られる対馬ルートでは、ヒマラヤで分かれた北ルートと南ルートがどこかで出あった後に人々は海峡を越えたとしか考えられない。また、沖縄ルートでは、海峡どころか黒潮を越えてきたのだ。しかし、そんなことが三万八〇〇〇年前のホモ・サピエンスに可能だったのだろうか?

この仮説を証明するには古代船をつくって実験航海するしかない。かくて著者はクラウドファンディングで資金を集め、実験航海プロジェクトに乗り出すことになるが、直近のニュースによると資金集めに成功したそうである。

日本人にとって最大の疑問が解かれる日がついに来るかもしれない。興奮を誘う最新研究である。
日本人はどこから来たのか? / 海部陽介
日本人はどこから来たのか?
  • 著者:海部陽介
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(213ページ)
  • 発売日:2016-02-10
  • ISBN-10:4163904107
  • ISBN-13:978-4163904108
内容紹介:
アフリカを出た私たちの祖先はヒマラヤ山脈を北と南に別れ、再び日本で出会った。科博の俊英研究者が世界に問う新たなる仮説。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2016年4月10日

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