書評

『「だから、生きる。」』(新潮社)

  • 2017/08/08
「だから、生きる。」 / つんく♂
「だから、生きる。」
  • 著者:つんく♂
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(224ページ)
  • 発売日:2015-09-10
  • ISBN-10:4103395915
  • ISBN-13:978-4103395911
内容紹介:
思いも寄らない事態に直面したとき、人は何を捨て、何を選ぶのか──歌手として、父として。どんな逆境をも肯定する、究極の生き方論

かっこ悪い日常にこそ価値

つんく♂は、喉頭(こうとう)がん治療に伴う声帯全摘出術により声を失った。彼は手術の直前、幼い3人の子どもたちに自分の声帯で発する最後の言葉を伝える。「お母さんの言うことをよく聞きなさい」「歌の練習をもっとしようね」「大好きだよ……」

つんく♂が伝えたのは、特別なことではなかった。「どんな親でも言うようなこと」を心を込めて伝えたのだ。

一方、妻には何を残したか。個人的な内容なせいか本ではさらっと流し触れない。本当に特別な言葉は本人にだけ伝わればいいというのだろう。

こうした箇所からも十分伝わってくるが、つんく♂は、言葉選びの人だ。本書には、そのつんく♂の言葉の宇宙を巡るヒントがいくつも登場する。

つんく♂の歌詞のファンは多い。その一人、小説家の朝井リョウは「宇宙のどこにも見当たらないような 約束の口づけを原宿でしよう」(モーニング娘。『Do it! Now』)という歌詞を絶賛する。宇宙と原宿が混然とした歌詞の世界。歌詞の中に、コンビニも出てくるしショッピングモールも出てくる。そんな唐突な日常性にこそ、つんく♂の作家性がある。

本書では、歌詞が生まれ出るエピソードにも触れられる。

たまの休日にフードコートでラーメン食って、スーパーで買い物してポイントためるのも、実はロックじゃないか!

彼はあるときに気づく。「フードコート」も「ポイント」もかっこ悪い言葉に思えたが、その日常にこそ価値(=「ロック」)があると。子どもたちへの最後の言葉で「どんな親でも言うようなこと」を伝えたつんく♂の考え方は、こんな作詞の哲学と結びついているのかもしれない。

声は失った。だが宣言する。「俺は四十五歳にして、もう一度スタートやと思ってんねん」。次はどんな歌を作るだろう。
「だから、生きる。」 / つんく♂
「だから、生きる。」
  • 著者:つんく♂
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(224ページ)
  • 発売日:2015-09-10
  • ISBN-10:4103395915
  • ISBN-13:978-4103395911
内容紹介:
思いも寄らない事態に直面したとき、人は何を捨て、何を選ぶのか──歌手として、父として。どんな逆境をも肯定する、究極の生き方論

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

朝日新聞

朝日新聞 2015年10月11日

朝日新聞デジタルは朝日新聞のニュースサイトです。政治、経済、社会、国際、スポーツ、カルチャー、サイエンスなどの速報ニュースに加え、教育、医療、環境、ファッション、車などの話題や写真も。2012年にアサヒ・コムからブランド名を変更しました。

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
速水 健朗の書評/解説/選評
ページトップへ