書評
『果てしなき渇き』(宝島社)
都市郊外が舞台のノワール
主人公は、元刑事の中年男。暴力事件で家族と職を失った男の元に、元妻から17歳の娘の失踪という報が入る。本作は、その娘を探すミステリー。優等生と評判だった娘の行方を追う藤島は、彼女が抱えていた狂気の源に自分の存在が影響していることに気がついていく。10年前の「このミステリーがすごい!」大賞受賞作。すぐにヒットしたわけではなく、口コミなどでじわじわと増刷を繰り返し、今年6月末に映画化された。
主人公は、地元の不良グループ、暴力団、パチンコやラブホテルを経営するグループのボス、腐敗した警察などを交えた抗争劇に巻き込まれていく。海外のノワール(犯罪)小説風の展開だが、それだけではなく日本的な部活、イジメといった世界観も同時進行する。ノワール小説と青春小説のハイブリッド。
だがむしろ本作のオリジナリティー部分は、ノワール的な物語を、大都市ではなく郊外化された日本の地方を舞台に移して描いたところにある。
舞台は国道16号。神奈川、埼玉、千葉をまたがり首都圏の外枠のように引かれた東京を取り囲む環状道路。その16号線沿いの新興住宅地近くにあるコンビニエンスストア強盗の強烈な描写から物語は始まる。その後登場するのは、ファミリーレストラン、コインパーキング、駅ビル、ファストフード店、パチンコ店、ラブホテルなど、郊外化した現代のロードサイドに広がる日本全国共通の風景だ。
この10年で、何本もの小説を書き、新時代のノワール作家として注目されている深町秋生だが、都市郊外を舞台にした作品が多い。1990年代に一世を風靡(ふうび)した新宿歌舞伎町を舞台に描いた馳星周の『不夜城』とは対照的な世界観だ。深町のこうした視点で描かれる小説は、現代の都市論としても読み解くことができる。
朝日新聞 2014年8月10日
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