書評
『存在の耐えられない軽さ』(集英社)
トヨザキ的評価軸:
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
腕の立つ外科医トマーシュは、出張先の町でウェイトレスのテレザと知り合います、離婚歴があり、女性とはセックス以上の関係を望まなくなっていたのに、思いがけずテレザを愛するようになるトマーシュ。が、トマーシュの浮気癖はやまず、テレザは苦しみます。やがて新聞への投書が反体制的な内容とみなされ、トマーシュは病院でのポストを失い、ついには窓洗いの労働者に。その生活に耐えられなくなった二人は田舎に移り住み、集団農場で働くようになります。ここにきて、ようやくトマーシュの浮気の虫が治まり、穏やかな暮らしが始まるのですが。
と、粗筋を紹介すると、やはり単なるメロドラマのように思うかもしれませんが、物語中しばしば顔を出す〈私〉〈われわれ〉の意味を考えながら読み進めば、そんな誤読からは逃れられるはず。〈私〉=作者と受け取り、これを十九世紀文学的な”作者の介入”と決め打ちして読んでしまったら、この小説の十分の一も楽しめません。歴史上しばしば周囲の強国からの支配を受けてきたチェコ人は、クンデラ自身深く関わった民主化運動「プラハの春」が制圧された後、ソ連共産党の傀儡政権による圧政に苦しんできました。自国の運命を自分たちで決めることができず、個人の生活や運命もまた他者によって左右されてきたチェコ人にとって、この小説に現れる〈私〉と〈われわれ〉は作者であり、読者であり、検閲者であり、歴史でありと、多くの意味を持つのです。
これを恋愛小説として楽しむのは間違った読み方じゃありません。でも、もう一歩踏み込んだ読み方を要請する小説でもあるのです。そして、要請に応えれば最終章の味わいが激変します。これはそんな、二十八歳のわたしには理解できない奥深さを備えた小説だったのです。皆さんも、放置プレイにしてある名作を、再読なさって下さいまし。
【この書評が収録されている書籍】
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
単なるメロドラマと思った昔の自分を殴ってやりたい!
若い時に読んではみたものの、どこがいいのが理解できないまま放置プレイ。そんな本が誰にも一冊くらいはあるはずです。でも、十年くらい後に再チャレンジしてみると、「!」ってなことが起きたりもいたします。わたしにとってのそれが、ミラン・クンデラの『存在の耐えられない軽さ』だったのです。一九八九年、集英社ギャラリー「世界の文学」に収録されているのを読んだ時が二十八歳。この名作に「単なるメロドラマじゃん」と軽い侮蔑すら覚えた生意気盛りでございました。で、四十五歳となった今、必要があって読み返したところ驚愕。かつての自分を殴ってやりたい。再読してみたら、それほどの傑作だったのです。腕の立つ外科医トマーシュは、出張先の町でウェイトレスのテレザと知り合います、離婚歴があり、女性とはセックス以上の関係を望まなくなっていたのに、思いがけずテレザを愛するようになるトマーシュ。が、トマーシュの浮気癖はやまず、テレザは苦しみます。やがて新聞への投書が反体制的な内容とみなされ、トマーシュは病院でのポストを失い、ついには窓洗いの労働者に。その生活に耐えられなくなった二人は田舎に移り住み、集団農場で働くようになります。ここにきて、ようやくトマーシュの浮気の虫が治まり、穏やかな暮らしが始まるのですが。
と、粗筋を紹介すると、やはり単なるメロドラマのように思うかもしれませんが、物語中しばしば顔を出す〈私〉〈われわれ〉の意味を考えながら読み進めば、そんな誤読からは逃れられるはず。〈私〉=作者と受け取り、これを十九世紀文学的な”作者の介入”と決め打ちして読んでしまったら、この小説の十分の一も楽しめません。歴史上しばしば周囲の強国からの支配を受けてきたチェコ人は、クンデラ自身深く関わった民主化運動「プラハの春」が制圧された後、ソ連共産党の傀儡政権による圧政に苦しんできました。自国の運命を自分たちで決めることができず、個人の生活や運命もまた他者によって左右されてきたチェコ人にとって、この小説に現れる〈私〉と〈われわれ〉は作者であり、読者であり、検閲者であり、歴史でありと、多くの意味を持つのです。
これを恋愛小説として楽しむのは間違った読み方じゃありません。でも、もう一歩踏み込んだ読み方を要請する小説でもあるのです。そして、要請に応えれば最終章の味わいが激変します。これはそんな、二十八歳のわたしには理解できない奥深さを備えた小説だったのです。皆さんも、放置プレイにしてある名作を、再読なさって下さいまし。
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