書評

『ドライブイン蒲生』(河出書房新社)

  • 2017/08/10
ドライブイン蒲生  / 伊藤 たかみ
ドライブイン蒲生
  • 著者:伊藤 たかみ
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(192ページ)
  • 発売日:2011-03-04
  • ISBN-10:4309410677
  • ISBN-13:978-4309410678
内容紹介:
客も来ないさびれたドライブインを、経営する父。昼間から酔っぱらっている父を嫌った姉は、中学でヤンキーになる。だが父の死後、姉と弟は、蒲生家の"かすけた"血が、自分たちにも確かに流れていることを感じる。そして今、子連れで離婚寸前、ぱさついた茶髪の姉を、弟はなぜか、美しいと思う…ハンパ者一家を、哀惜にみちた筆致で描く、芥川賞作家の最高傑作。
トヨザキ的評価軸:
「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」

視点のブレがなく独特の安さ感と脱力感がいい味に

世間の皆様がどうお思いかは存じ上げませんが、わたくし、鬼ではございませんの。その証拠に、ほら、『文学賞メッタ斬り! リターンズ』で、ぼろくそにけなした伊藤たかみの短篇集を、こうして取り上げてるじゃあーりませんか。そう、やればできる子だったんですよ、たかみーは、『ドライブイン蒲生』の収録作三篇のうち二つはとても面白いんですの。

文学賞メッタ斬り!リターンズ / 大森 望,豊崎 由美
文学賞メッタ斬り!リターンズ
  • 著者:大森 望,豊崎 由美
  • 出版社:パルコ
  • 装丁:単行本(383ページ)
  • ISBN-10:4891947411
  • ISBN-13:978-4891947415
内容紹介:
あの二人が帰ってきた!さらに賑わう文学賞界隈を、ますます冴えた刃で徹底論破。続々現れた新興文学賞や若手作家、選考のあり方…小説読み必読。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

A~D評価で、芥川賞候補になった「無花果カレーライス」(第百三十三回)と「ボギー、愛しているか」(第百三十四回)がD、受賞作「八月の路上に捨てる」(第百三十五回)がB。その伝でいけば、表題作の「ドライブイン蒲生」はA、「ジャトーミン」はBプラス。で、どうして、この二作の評価がわたくしの中で高いのかと考えてみまするに、一人称で書かれていて、かつ視点にブレがないからではないかと存じ上げ奉り候。

「無花果カレーライス」「ボギー、愛しているか」は三人称で書かれているのですが、視点が三人称と一人称の間で都合良く行き来しているため、読みにくくてしかたないわけです。もちろん、作者が主人公の心理を代弁する「描出話法」という、三人称の中に一人称めいた記述を紛れ込ませる手法は存在します。その名手がジェイン・オースティンであり、ヴァージニア・ウルフなわけです。が、たかみーの場合、その足もとにははるかに及ばない。三人称視点で物語を描ききる膂力に欠けてるがゆえの、ぐずぐずな視点移動にすぎないんだすわね。だすわよ。

ところが一人称語りによるこの短篇集の二作は、初歩的な視点を採用しているせいでしょうか、そのブレがない。大変読みやすいのです。〈馬鹿の家〉に生まれた姉弟の〈かすけてる〉、つまり〈なまくらになったアイスピックみたいな〉チープでトホホでいとおしい人生の、幾つかのシーンを印象深く切り取った表題作。病院で死にかけている父の耳から奇妙な玉が出てくるエピソードが素晴らしい、兄妹の物語「ジャトーミン」。メッタ斬り!の相方・大森望が伊藤作品を「B級純文学」と名づけましたが、言い得て妙というべきで、たかみー独特の安さ感と脱力感がこの二作ではいい味になっているのです。笑いのセンスも絶妙。大変楽しく読ませていただきました。

ただし、まだ欠点はございます。現在進行形の話と過去の出来事を交互に描きがちで、その単調さが素人臭いのです。もっとメリハリを! ポストモダンとは申しません、モダニズム作家の小説を読んで、さらにご精進下さいまし。あらあらかしこ。

【この書評が収録されている書籍】
正直書評。 / 豊崎 由美
正直書評。
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:学習研究社
  • 装丁:単行本(228ページ)
  • 発売日:2008-10-00
  • ISBN-10:4054038727
  • ISBN-13:978-4054038721
内容紹介:
親を質に入れても買って読め!図書館で借りられたら読めばー?ブックオフで100円で売っていても読むべからず?!ベストセラーや名作、人気作家の話題作に、金、銀、鉄、3本の斧が振り下ろされる。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

ドライブイン蒲生  / 伊藤 たかみ
ドライブイン蒲生
  • 著者:伊藤 たかみ
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:文庫(192ページ)
  • 発売日:2011-03-04
  • ISBN-10:4309410677
  • ISBN-13:978-4309410678
内容紹介:
客も来ないさびれたドライブインを、経営する父。昼間から酔っぱらっている父を嫌った姉は、中学でヤンキーになる。だが父の死後、姉と弟は、蒲生家の"かすけた"血が、自分たちにも確かに流れていることを感じる。そして今、子連れで離婚寸前、ぱさついた茶髪の姉を、弟はなぜか、美しいと思う…ハンパ者一家を、哀惜にみちた筆致で描く、芥川賞作家の最高傑作。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

初出メディア

TV Bros.

TV Bros. 2006年9月30日

多彩な連載陣のコラムが人気のポップカルチャーTV情報誌。豊﨑由美氏の書評コーナー「帝王切開金の斧」が好評連載中。

  • 週に1度お届けする書評ダイジェスト!
  • 「新しい書評のあり方」を探すALL REVIEWSのファンクラブ
関連記事
豊崎 由美の書評/解説/選評
ページトップへ