書評

『騎士団長殺し』(新潮社)

  • 2017/08/06
騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編 / 村上 春樹
騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編
  • 著者:村上 春樹
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(512ページ)
  • 発売日:2017-02-24
  • ISBN-10:410353432X
  • ISBN-13:978-4103534327
内容紹介:
その年の五月から翌年の初めにかけて、私は狭い谷間の入り口近くの、山の上に住んでいた。夏には谷の奥の方でひっきりなしに雨が降ったが、谷の外側はだいたい晴れていた……それは孤独で静謐な日々であるはずだった。騎士団長が顕(あらわ)れるまでは。
「偉大な小説の主人公には子どもがいない」――「小説と生殖」なるエッセイでそのように書いたのは、チェコの亡命作家ミラン・クンデラだ。「ドン・キホーテに子どもがいないからこそ、その結末はこれほど完璧で最終的なものとなるのだ」と。

「村上春樹全仕事、本人による語り直し」の様相すら呈している『騎士団長殺し』だが、更新された点があるとすれば、それは「男が親になることをめぐる問題」、わたしが「押しかけヨセフ問題」と呼んでいるものである。長編としての前作『1Q84』は、かなりざっくり言えば、「理論で父を倒し、本能で母の子宮に還る物語」だったと言えるだろう。とくにBOOK3では、ヒロイン青豆が性交なしに懐妊し(聖母マリアの処女懐胎を暗示)、それをわが子として天吾に受け入れられる(天吾は養父ヨセフの役回り)。村上作品において「寿がれる妊娠(告知)」が描かれたほぼ初めてのケースだった。『風の歌を聴け』から『神の子どもたちはみな踊る』『ねじまき鳥クロニクル』、そして『1Q84』の途中まで、妊娠は相手に拒絶され、中絶され、ときには妊婦が自殺することにもなった。ここには共通するパターンがある。完璧なはずの避妊→なのに妊娠→相手に告知→男性側の拒絶、または女性の意思で中絶、あるいは妊娠中の自死(未遂)。春樹ワールドは子どもが世に出てくるのを食い止めることで、あの静謐で生活感のない整合性を保っていた。アメリカのある批評家はこれを皮肉り、「次作は、殺し屋の妻と売れっ子作家の夫と、バンドかなんかやってる息子のいる家で、森の妖精さんが食事を作るんじゃないか」などと書いた。

青豆が子を孕むことconception(受胎)は、天吾の創作のconception(着想)にも繋がり、『1Q84』という作品自体に、好ましい矛盾と迷い、ノイズと破調をもたらし、ある意味、狂信からの目覚めが書かれた。次作では「赤ちゃんが生まれて保育園探しに奔走するような世知辛くてリアルな主人公の姿が見たい」と、当時わたしは書いたが、『騎士団長殺し』ではついに保育園が登場。主人公の「私」は毎日送り迎えをするのである。

つまり、「妊娠の受け入れ」から一歩進んで、子どもが世に出てきたということで、これは画期的だ。夜泣き、おしめ替え、パスタではなく離乳食作り、断乳騒ぎ、児童館でのママ友との悶着……などは書かれず、乳児期は飛ばすだろうと思ったら、やはり、「室」という名の女児はすでに五、六歳らしく、聡明そうで物静かだ。作品世界の調和を乱さない、都合のいい子どもとも言える。

ご覧のように、主人公と免色は鏡像関係にある。どちらも、(1)突然女性に去られ、(2)その女性はすぐに別な男性に鞍替えし、(3)しかし他の男性のもとにいる元パートナーが産んだ(産む)娘を自分の子ではと思い、その子の養父に積極的になろうとする。男性のここまで能動的で前のめりの親願望が、村上作品で描かれたのはさすがに初めてではないか。

村上文学のなかで、男は「親になること」を遠ざけ/遠ざけられてきたが、作者自身の加齢が関係しているのだろうか、その禁制は段階的に解かれてきたように思う。遡れば、代父のコンセプトは『ダンス、ダンス、ダンス』(1988年)における十三歳の霊力者「ユキ」との関係に、すでにうっすら萌していた。さらに、「蜂蜜パイ」(2000年)では、離婚した親友から、俺の娘の親になってくれと説得され、主人公はおずおずと義父の立場を引き受けるのだ。そして同作からほぼ十年を経た『1Q84』で、主人公は(身代わりを通じた)性交で宿った子をわが子として受け入れ、さらに『騎士団長殺し』では、こちらから押しかけるようにして父になろうとする。男たちのペアレントフッドへの能動性が次第に高まっているのは興味深い。

本作の男性ふたりの少女まりえに対する感情には、ペドフィルめいた、近親相姦的アタッチメントが絡んでいるのでややこしい。免色にとってまりえは「実の娘」のイデアだが、「私」にとってのまりえは、彼女と同じ年頃に急死した妹「小径」(本作の重要モチーフである通路の記号をもつ)の分身である。村上が新訳した『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の妹フィービーと亡くなった弟アリーが合成されて転写されたような存在だ。「私」は妹の死の精神的後遺症を負い、妹の膨らみのない胸にとり憑かれて、女性のおっぱいに強迫観念(?)を抱えることになる。のちに妻となるユズにも妹の面影を見て、猛烈なひと目惚れをした。村上作品の少女たちは、柳田國男が「妹(いも)の力」と呼んだ若い処女特有の霊的な超常能力を具えている。

本作で「根源的な悪」「邪悪なる父」「二重メタファー」などと呼び換えられるものは、明らかに主人公のもつ破壊的でどす黒い暗部を表している。その邪悪さと闇に対峙し、最終的には、自らの悪を具現化した男(白いスバルに乗っている)の肖像を描き、「騎士団長殺し」を行うことで、悪を封印あるいは乗り越えたように見える。とはいえ、ラストの東日本大震災のくだりで、この白スバル男がちらっと映るのである。ホラー映画で、封じこめたはずの怪物の声が地底から響くように。

ここで終わりとはどうも思えない。聖なる「妹の力」と悪しき力の対決が描かれていないし、第2部でわずかに言及されるカルト教団の背後には、意外な人物がいるのではないか。主人公の鏡でもある免色の職業や正体もあまりに不明だ。「騎士団長殺し」の絵の後ろに、ナチス支配や南京入城という歴史的背景幕をおいた以上、そこから現代の民族対立とテロリズム、ナショナリズムの問題などにつながる展開もほしいところ。

作者は本作の1部2部で村上春樹アイテム総棚卸しを行い、これまでのレパートリーは全て封じ手にして新生するつもりなのではないか? 『騎士団長殺し』とは「村上春樹殺し」なのかもしれない。
騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編 / 村上 春樹
騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編
  • 著者:村上 春樹
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(512ページ)
  • 発売日:2017-02-24
  • ISBN-10:410353432X
  • ISBN-13:978-4103534327
内容紹介:
その年の五月から翌年の初めにかけて、私は狭い谷間の入り口近くの、山の上に住んでいた。夏には谷の奥の方でひっきりなしに雨が降ったが、谷の外側はだいたい晴れていた……それは孤独で静謐な日々であるはずだった。騎士団長が顕(あらわ)れるまでは。

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「小説トリッパー」は朝日新聞出版の季刊文芸誌です。3月、6月、9月、12月の年4回発行。書評ページの執筆陣には、鴻巣友季子さん、江南亜美子さん、倉本さおりさん、永江朗さんら、第一線のレビュアーをはじめ、朝日新聞の文芸記者や目利きの書店員が、季節ごとの話題作を余すところなく紹介しています。

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