書評

『表象の迷宮―マニエリスムからモダニズムへ』(ありな書房)

  • 2017/08/08
新編 表象の迷宮―マニエリスムからモダニズムへ / 谷川 渥
新編 表象の迷宮―マニエリスムからモダニズムへ
  • 著者:谷川 渥
  • 出版社:ありな書房
  • 装丁:単行本(241ページ)
  • ISBN:4756695418
内容紹介:
アルチンボルドからクレリチへ。「芸術と驚異の部屋」をくぐり、「幻想模倣」の表象空間を彷徨う「視」と「知」の冒険の旅。

美学的素養としての「冷めた熱狂」

二十世紀美意識史上の革命を軽やかに論ずる

世界を象徴や寓意の体系と見るため取りあえずヴィジュアルなものを手掛かりにする知の形式が、それまでの「イデア的」な発想や記述法を凌駕した歴史的に稀有な瞬間が存在した。

一九六〇年代から七〇年代初めにかけてのいわゆる「クレイジー・ホット・サマー」。グスタフ・ホッケの『迷宮としての世界』の邦訳を引き金とする偏倚し逸脱したマニエリスムという反美術的表現への時代的惑溺が、その極点だった。十七世紀初め、プラハのルドルフニ世の宮廷で事物寄せ集めの人面画に異風をふるったアルチンボルドの名と、その異風について、知らないことは許されなかった。

ヴィジュアルなものへの鋭い関心を核にいわば百学連環した、旧套の学知の中では「見なれない」としか言いようのないアプローチの意志と方法がそこに胚胎して、旧来の学が累積してきた厖大なデータの斬新な系譜学の試みを始めた。大学なら大学という制度の改変の夢と、学知そのものの改変の夢がひょっとして一体化した一種千年工国的熱狂があった。一方的なコンプレックスで追ってきた欧米の近代知へのスタンスも微妙に変った。江戸なら江戸のマニエリスム的なものがどんどん表面化させられ、種村季弘や由良君美の麗筆が『みづゑ』や『芸術新潮』を、若者ががぶ飲みする日々の糧に変えた。

その十年(デケード)の熱狂を、肝心の美術史学がその後すっかり忘却してしまった。六〇年代に極点に達したジャンル解体の諸現象の本格的考察も、まさにジャンル解体の先駆として要請されたはずのアルチンボルデスク・マニエリスムの然るべき位置づけも、一切等閑に付された。

そうした二十年来の不満が一挙にと言ってもいい位、解消された快著がこの『表象の迷宮』である。あの「夏」の只中をくぐり抜けてきた経験もさることながら、同時代の論者が熱い気分だけで繋ぎ、壊していくしかなかったのとは対照的に、谷川渥氏には「冷えた熱狂」という感じの冷徹な美学的素養と語彙が具わっている。名著『形象と時間』で見せた(時に鮮やかに現象学的な)緻密な美学的なアプローチと、比較の為に諸ジャンルから気ままに材料を引いてくる『バロックの本箱』の説得を旨とする語り口の軽やかさが相俟った、この頃稀な知的興奮の書がうまれた。教養が、ぼくなどとは別格。

その異風の面白さ故にだれしもの関心を惹くはずのアルチンボルド論を冒頭に置いている。軽快な出だしだ。真っ芯のマニエリスム論はこれだけで、いきなりクリムトの装飾芸術に論は飛び、あとはシュルレアリスム、モダン、ポストモダンにおける反美術的営為の分析が続き、美術館という制度のダグラス・クリンプを思わせる脱構築の試みで終る。要するに二十世紀美意識史に生じた革命の拾い上げと系譜化が本体を形づくっている。マニエリスムは二十世紀に旧套美術を異化し、異風を開発したアーチストたちの強烈な自己主張の中に「原身振り」として融けこんでいるものとして解されている。

二世紀もの飛躍を意識させないようなアルチンボルドのプラハとクリムトのウィーンの「博物館的」知への関心の相似形の分析に導かれるまま、アール・ヌーヴォー、ピカビア、マグリットを貫く反時問的な形象性の指摘に驚かされる。アール・ヌーヴォーの「曲線の喜び」を分析する一文のごときは、谷川氏がクリムトの中に見る「アラベスク」そのもので、この人の硬軟自在の「曲線」文体の妙に、しばし酔うことができた。

ピカビアにふれて出てきた機械のテーマが橋渡しとなって、機械、皮膚、密集といった一連の主題学のエッセーが続く、美術史を見る場合の切り口を変えるという意昧で自らすぐれたジャンル解体者たる谷川氏の底力をいやというほど見せつける大見得の連続。機械論をめぐっては良く知られたギリシア以来の系譜学を短いスペースで手際よくチャートして、本当にクレヴァーなところを見せ、知友の草間彌生を取り巻く動きをめぐってはだれも試みることのなかった質とスケールの系譜のネットワークをたちまちにしてつくりだしてみせる。随所に見られる、こうした意想外な系譜づけの手練が谷川渥のプロフェッショナルな魅力だ、斬新な系譜づけがもたらす発見の驚き、それこそマニエリスムの真骨頂なのではあるまいか。

しかし他の追随を許さないのは皮膚芸術論。「〈外を包むもの〉としては自立しえず、かといってもちろん〈中を満たすもの〉でもない皮膚」という謎めいたものをめぐる芸術表現。現象学的分析が一番必要とされるこのスリリングな未踏の領域の解明なしに、たとえばファッション論など存在しえない。谷川氏はこの一文を拡大して後に『鏡と皮膚』に、一冊分書く(ポーラ文化研究所刊)。

皮膚とか稠密とかいった「かたち」なきものの理解を苦手としてきた「美学上の純粋形式主義」と、それが金科玉条としてきたジャンル区分法、その空間としての美術館の検証と脱構築を本格的に論じて、『ゾーン』誌や『オクトーバー』誌に拠る新美学派の最前衛部分に通底する。そして考えてみれば、この前衛的批評空間も、稠密と結合術でジャンル解体を試みたあのアルチンボルドに既に宰領されていたはずのものではあるまいか。

【この書評が収録されている書籍】
ブック・カーニヴァル / 高山 宏
ブック・カーニヴァル
  • 著者:高山 宏
  • 出版社:自由國民社
  • 装丁:単行本(1198ページ)
  • 発売日:1995-06-00
  • ISBN:4426678005
内容紹介:
とにかく誰かの本を読み、書評を書き続け、それがさらに新たなる本や人との出会いを生む…。「字」と「知」のばけもの、タカヤマが贈る前代未聞、厖大無比の書評集。荒俣宏、安原顕ら101名の寄稿も収載した、「叡知」論集。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

新編 表象の迷宮―マニエリスムからモダニズムへ / 谷川 渥
新編 表象の迷宮―マニエリスムからモダニズムへ
  • 著者:谷川 渥
  • 出版社:ありな書房
  • 装丁:単行本(241ページ)
  • ISBN:4756695418
内容紹介:
アルチンボルドからクレリチへ。「芸術と驚異の部屋」をくぐり、「幻想模倣」の表象空間を彷徨う「視」と「知」の冒険の旅。

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初出メディア

マリ・クレール

マリ・クレール 1992年10月

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