書評

『不良ノート』(文藝春秋)

  • 2017/08/12
不良ノート〈上〉 / 百瀬 博教
不良ノート〈上〉
  • 著者:百瀬 博教
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(356ページ)
  • ISBN-10:416348230X
  • ISBN-13:978-4163482309
内容紹介:
"この人は「太陽の季節」なんていう小説のモデルみたいな人とは全く違うな…気品に溢れている。" 赤坂のクラブで用心棒をしていた著者は、ある日そこで石原裕次郎と出会う。男同士の友情と古き良き時代を描くエッセイ集。

『不良ノート』を読みながらいろんなことを思い出した

最初に百瀬博教(ももせひろみち)のことを知ったのは詩人の高橋睦郎が「BRUTUS」の『友達の作り方』でとりあげたのを読んだ時で、新幹線の車内でうたた寝していた高橋睦郎にいきなり、「はじめまして、私、百瀬と申す不良です。じつは私、暗いところに六年ほど入ってたんですが、そこで先生の二十歳の時の『鳩』という詩を読んで以来、先生のファンです。先生の紋付袴姿の載っている婦人雑誌なんか全部買ってます」と話しかけるあたりを読んでいて、いやなんて変わっていて、しかも気持ちのよさそうな人なんだろうと思ったのだった。

それから気をつけて百瀬博教の書いたものを探すようになり『不良日記』(草思社)、『空翔ぶ不良』(マガジンハウス)、『不良ノート』(文藝春秋)と読んできたのだが、感想をひとことでいうなら「ああ、こういうものを読みたかったんだ」ということになるだろう。いったん筆をとると、それがどんなに過去の記述であろうと正確鮮明で懐古趣味に陥ることなく、しかも由緒正しい(?)不良作家というと阿佐田哲也=色川武大を思い出す読者も多いはずだし、阿佐田さんが亡くなってぽっかり空いてしまった空白を埋めるもの書きを求めるとしたら百瀬さん以外には考えられないと思うのはぼくだけではないはずだ。

ぼくは百瀬さんの書いたものを読みながら、いつの間にか自分の過去に思いをめぐらしていた。だから、ぼくは百瀬さん自身の文章に倣って、こうお礼をいわなければならないだろう。

私はここで感傷的に過去を語ろうと言うのではない。拳銃不法所持で麹町署の留置場に入れられた為に、一人の男と邂逅し、その男が聞かせてくれた話から『美貌なれ昭和』に出会えた。そして、その本の中の数々の文章に感激し、幼年時代のことまで想い出させてもらえたことが嬉しいのだ(『不良ノート』下巻)

たとえば、

「この文を読みながら、初めてファンタグレープを飲んだ日は何時(いつ)だったろうと思った。大学で二年先輩の後藤が南青山のかまぼこ屋の二階に住んでいたので、そこから当時青山通りで食料品と舶来雑貨を扱っていて有名なユアーズに行った」と百瀬さんは書き、「前後を考え合せると、あれは昭和三十八年の夏だった。中学生時代の親友、大黒屋酒店の四男藤井良彦が、親や兄に隠れて倉庫の隅で飲ませてくれた。グレープのコンクジュースを、サイダーで割ったような味がした。
『美味いだろう』
喉を鳴らして飲む私に、後藤は満足そうにそう言った。あんな美味いやつがなくなったのは多分私の下獄中ではないかと思う。獄を出たら一番に飲みたいと念じていたが、出獄してからファンタグレープを飲んだ記憶がないからだ」(下巻)と続けた。

わたしの記憶もまったく同じで小学校六年だった昭和三十八年の春に、好きだった同級生の女の子がやっていた雑貨屋でファンタオレンジを飲ませてもらい「こんなに美味い飲み物は生まれてはじめてだ」と感心したことをよく覚えている。もちろん、百瀬さんの記述で刺激されるのは遠い過去だけではなく、「麹町署の留置場から、西巣鴨の東京拘置所に移監されたのは、昭和四十年七月の中旬である。六舎二階の独居房に入れられた私は、簡易はがきを購入して、警察では許されなかった便(たよ)りを数人に書いた」(下巻)というような箇所を読んでいると、ぼくが入っていた二舎二階の独居房を思い出し、いつの間にか、あの部屋からは小さな中庭が見えたが百瀬さんの房からも見えたのだろうかとぼんやり考えはじめているのだった。
不良ノート〈上〉 / 百瀬 博教
不良ノート〈上〉
  • 著者:百瀬 博教
  • 出版社:文藝春秋
  • 装丁:単行本(356ページ)
  • ISBN-10:416348230X
  • ISBN-13:978-4163482309
内容紹介:
"この人は「太陽の季節」なんていう小説のモデルみたいな人とは全く違うな…気品に溢れている。" 赤坂のクラブで用心棒をしていた著者は、ある日そこで石原裕次郎と出会う。男同士の友情と古き良き時代を描くエッセイ集。

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週刊朝日

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