書評
『カミュ』(祥伝社)
疎外されつつ誠実に生きた「異邦人」
アルベール・カミュの代表作は『異邦人』だが、原題の「エトランジェ」には場違いな所に迷い込んで疎外感に苦しむ「よそ者」という意味もある。本書は、カミュが、人生の最初から最後まで、どこにおいてもエトランジェであったことを証明しようとする試みである。カミュの人生は誤解と勘違いの連続だった。本当は行きたくないところに顔を出し、本当の自分とは違う評価を受けた。彼は知識人として異質であるがゆえに非難されたが、その根源は子供時代に遡(さかのぼ)る。
では、子供時代のカミュはいかなる境遇にあったのか? 一九一三年、貧しいアルジェリア移民二世の父とスペイン系の母との間に生まれたカミュは父が第一次大戦開始早々に戦死したため、アルジェ市の祖母の家で育てられ、極貧のうちに幼年時代を過ごすことになるが、しかし、この環境はカミュをエトランジェにはしなかった。
アルベール・カミュは幸せな子供時代を過ごした。(中略)貧しさなど何でもなかった。皆貧しかったからだ。(中略)生きているだけで十分に幸せだった。
やがて、幸福なカミュに転機が訪れる。小学校の担任だったジェルマン先生が戦死者の子供は奨学金を得てリセに進学できることを教え、祖母を説得したのである。
ここからカミュのエトランジェとしての生活が始まる。
貧しさは、この世の空気と同じようなものだった。リセに行って、僕は初めて比較ということを知った。
保護者の職業欄に家政婦と書くのを恥ずかしく思い、次には恥ずかしく思ったことを恥じた。「大好きな人たちから自分を引き離す新しい生活に乗り込んだカミュは、正当な手段によるものとはいえ元の世界から離脱したことに罪悪感を覚え、自分が抜け出した世界にこれからもずっと閉じ込められる人々に対して、義務感を抱くことで贖(あがな)いとした」
これがいわばカミュの原点である。家政婦である母を恥じた自分を恥じた日以来、知識は裕福な生活を手に入れる手段ではなく、貧しい人々に仕えるための道具と見なされるようになる。こうして己の使命に目覚めたカミュの導き手となったのがリセの哲学教師だったジャン・グルニエである。『孤島』で知られるジャン・グルニエはカミュに原稿を自分で訂正する方法を教えた。
カミュは急がねばならなかった。一九三〇年一二月、彼は喀血(かっけつ)したのだ。
この結核と女性への癒し難い情熱が一生カミュを苦しめ、さまざまな局面で彼の人生の躓(つまず)きの石となるが、しかし、蹉跌(さてつ)の原因はむしろ、その愚直なまでの誠実さにあった。共産党に入り、演劇活動を通して大衆の意識を目覚めさせようとしたカミュは党中央からトロツキスト的逸脱と非難され党を除名される。「カミュの世代はある難しい選択をめぐって二分されていた。すなわち、歴史を変える能力を持つ唯一の党(共産党)とともに間違いを犯すか、あるいは共産党に反対して正しい判断を下すか、の選択である」。カミュは断固として後者を選び、ジャーナリズムでも作家活動でも己に誠実に生きようと試みるが、この馬鹿正直な生き方が、党派的利害しか眼中にない左右両陣営から集中砲火を浴びせられる原因となる。「どちらの陣営も、レーニン流の政治戦略を実践していた。すなわち、こちらの陣営につかない者は敵、と見なした。こんなゲームへの参加を望まないカミュは、どちら側からも敵視された」
戦時中、カミュは「パリ・ソワール」の技術職として勤務するかたわら創作に励み、『異邦人』『シーシュポスの神話』『カリギュラ』をガリマール書店から出版してついに成功を手にするが、このパリでの文学的成功も彼を幸福にはしなかった。
レジスタンス、冷戦、アルジェリア戦争と、陣営が二つに分かれて対立する状況が生まれると、犠牲者となることも死刑執行人となることも拒否し、有り得るはずの正義の解決策を主張するカミュの態度は両陣営から馬鹿にされたばかりか、激しく憎悪されたからである。
たとえばスターリニズムに抗して『反抗的人間』を書き上げると、盟友と信じていたサルトルからは容赦ない反論を浴びせられ、またアルジェリア戦争においては二つの民族が共存できる政治形態を見いだすべきだと正論を述べるや、保守派からは「死刑に値する極左主義者」、共産党からは「仮面を被(かぶ)った新植民地主義の代表」と罵倒される。
こうして左右両派からの挟撃にあって消耗し、私生活でも妻の鬱病(うつびょう)に疲れ果てたカミュは「書けない」悩みと戦うために病を押して演劇に打ち込み、復活の兆しを見せ始めたが運命の皮肉か、ガリマール一家とともに車でパリに向かう途中、自動車事故で即死したのである。
まっとうなやり方で世界を征服することは可能だ、僕は誰よりもそう確信していた。それなのに今は……。どこに亀裂があったのだろう。
困難な状況で誠実に生きることの意味について考えさせられる伝記である。(神田順子・大西比佐代訳)
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