書評

『西洋製本図鑑』(雄松堂出版)

  • 2017/08/30
西洋製本図鑑 / ジュゼップ・カンブラス
西洋製本図鑑
  • 著者:ジュゼップ・カンブラス
  • 翻訳:市川 恵里
  • 出版社:雄松堂出版
  • 装丁:大型本(159ページ)
  • 発売日:2008-12-01
  • ISBN-10:4841904999
  • ISBN-13:978-4841904994
内容紹介:
本場ヨーロッパの本格的な西洋製本技法を豊富な写真でわかりやすく紹介、フルカラー160頁。

なぜ自家装丁文化が日本にないのか

日本は開国以来、あらゆる西洋文化を取りいれたが、定着しなかったものが二つある。一つは説得技法としての修辞学(レトリック)。もう一つは仮綴(かりと)じ本を装丁家に装丁してもらうという伝統である。前者が普及しなかったのは「巧言令色すくなし仁」を信じる日本的風土ゆえとわかるが、後者が伝わらなかったのは納得いく理由を見いだしえなかった。しかし、スペインの著名な装丁家である著者が西洋的自家装丁(ルリユール)の工程を懇切丁寧に解説した本書を読むうちに理由がわかりかけてきた。だが、それは後回しにして、まずは西洋装丁とは何かから考えてみよう。

著者によれば、書物が巻物から冊子本(コデックス)に変わって以来、製本・装丁が重要になったのは、キリスト教の出現があったためだという。神の言葉とされる聖書を教会で大切に保存する必要が生まれたからだ。しかし、革装丁の進化には第二の理由のほうが重要である。「書物そのものが神聖かつ貴重なものと見なされるようになった」ため、「信仰に対するその重要性を際立たせるために、できる限り豪華に仕立てる傾向が生じた」。

こうして豪華に装丁された聖書が組織的に制作される。その際には、西洋人にとって手に入れやすい羊や山羊(やぎ)、あるいは仔牛(こうし)の革が用いられたことはいうまでもない。

しかし、次いで別の要素が入ってくる。イスラムの影響である。イスラムでもコーランが唯一無二の書物とされた点では同じだが、「イスラムでは宗教に関連する動物や人間を描くのを避ける決まりがあるため、装飾は植物文様や幾何学文様が主体である」。このイスラム的装飾がイスラム化したイベリア半島を経由してフランス、イタリアに伝わったらしい。革装丁本に特有の金箔(きんぱく)押しのあの複雑な装飾文様はイスラム起源であったのだ。

やがてグーテンベルクの印刷術の発明で書物の世界に大きな転機が訪れる。書物は特権階級の耐久消費財ではなくなったのだ。ではここで、装丁は滅んだかというとそうではなかった。むしろ、復活したのである。「今や工芸的製本は実質的に、多数ある同じ本の中から特定の一冊とその所有者を際立たせるためのものになった」。装飾に紋章が取り入れられ、所有者の個性を強調する装丁が生まれた。次に宗教戦争が荒れ狂うルネッサンス期になると、プロテスタント国とスペインでは装飾的装丁が衰退する。前者は贅沢(ぜいたく)が嫌われ、後者では異端審問で出版活動が衰退したのだ。この間に、装丁の王国となったのが中央集権的宮廷が成立したフランスで、以後、フランスの製本・装丁は倣うべき手本となる。

では、翻って何ゆえに日本では自家装丁文化が成立しなかったのか? 本書の工程解説を読んで得たインスピレーションにすぎないが、おそらく、日本では、和本から洋本への切り替えが起こったとき、製本業者が西洋の装丁本をバラして徹底的にその構造と工程を研究し、製本・装丁を職人仕事的にではなく、マニュファクチャー的に大量生産する方法を編み出したからではないか。そして、この過程で、希少素材である革を捨てて、量産の利く紙と布を取り、同時に、堅牢さを取って美しさと豪華さを捨てたのである。

私は常々、金があったら自分の本をすべて革装丁にしたいと思っていたが、本書があれば自分でも革装丁できるかもしれないと思い始めた。いずれにしても、西洋的製本・装丁の実際ばかりか概念を掴(つか)むのにも極めて有益な一冊である。(市川恵里・訳)
西洋製本図鑑 / ジュゼップ・カンブラス
西洋製本図鑑
  • 著者:ジュゼップ・カンブラス
  • 翻訳:市川 恵里
  • 出版社:雄松堂出版
  • 装丁:大型本(159ページ)
  • 発売日:2008-12-01
  • ISBN-10:4841904999
  • ISBN-13:978-4841904994
内容紹介:
本場ヨーロッパの本格的な西洋製本技法を豊富な写真でわかりやすく紹介、フルカラー160頁。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2009年2月1日

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