書評
『肝、焼ける』(講談社)
トヨザキ的評価軸:
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
表題作は第七十二回「小説現代」新人賞受賞作。物語は、三十一歳の〈わたし〉が二十四歳の恋人・御堂くんの赴任先、稚内にやってきているところから始まります。〈蒸しタオルに似てい〉て〈あったかくて気持ちいいのに、背筋の産毛がそわっと起きてくる〉声と、〈目からゆっくり笑う〉〈あとひき豆みたいな笑顔〉の持ち主・御堂くんは大変気持ちのいい青年なんではありますが、引っ越しても一週間も電話をかけてこなかったりと、恋する女にとっては何かとまどろっこしい相手ではあるのです。で、不安がそうさせるんでしょうね、自分以外の女の影を感じてしまった〈わたし〉は断りもなしに稚内まで来てしまったという次第なんです。
でも、〈わたし〉は急に訪ねていってドアを叩いたりはしません。ポストに〈夏休みなのであそびにきました。よかったら、電話ください〉なんて淡泊なメモを残しただけで、銭湯や寿司屋に入って、地元の人たちと話したり、あれやこれやといろんな考えで頭をいっぱいにしたり、御堂くんとのこれまでのつきあいを思い返してみたりしながら、相手の反応を待つんです。
中途半端にバットを出して自打球をすねにあてる野球選手を見て、〈ふるならふればいいじゃないか。わたしなら、と、寝そべりつつ、考えた。思いっきりふりにいってやろうじゃないの。からだを起こしてあぐらをかいた。四の五のいわずにきた球を叩っ返してやる〉と息巻くような女子が、〈みっともない真似はしたくないんだと、つぶやいた。/死んでもしたくない〉といういっぱいいっぱいの気持ちを抱えて彼氏のアパートまで駆けていく。愛おしいじゃないの! このシーンに胸キュンできないような男はダメ、ダメダメダメッ!! ”肝、焼ける”ようなじれったい状況に宙ぶらりんになった婦女子の気持ちを的確に、ユーモラスに、そして切なく描いたこの表題作以外の四作品も素晴らしいんですの。こんなハイレベルな新人はそうは現れません。ぜひ、ご一読を。
【この書評が収録されている書籍】
◎「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
遅れてきた新人にギザギサハートを撃ちぬかれましてよ
ブロスを愛読なさってるような、心がねじくり曲がり曲がって三千里の婦女子の皆さん、そんなあなたのギザギザハートをズキュンと撃ちぬく新人作家が登場しましてよっ。その名も朝倉かすみ! いやいやいやいや、デビュー短篇集『肝、焼ける』を読んでトヨザキ感服つかまつり候。この作家、当年とって四十五歳と今どき大変遅ればせのデビューなんですけど、「貴様は今までどこで何してたんだあぁーっ」と張り倒したくなる、それほど巧いんですの。新人とは思えないほどの力量なんですの。表題作は第七十二回「小説現代」新人賞受賞作。物語は、三十一歳の〈わたし〉が二十四歳の恋人・御堂くんの赴任先、稚内にやってきているところから始まります。〈蒸しタオルに似てい〉て〈あったかくて気持ちいいのに、背筋の産毛がそわっと起きてくる〉声と、〈目からゆっくり笑う〉〈あとひき豆みたいな笑顔〉の持ち主・御堂くんは大変気持ちのいい青年なんではありますが、引っ越しても一週間も電話をかけてこなかったりと、恋する女にとっては何かとまどろっこしい相手ではあるのです。で、不安がそうさせるんでしょうね、自分以外の女の影を感じてしまった〈わたし〉は断りもなしに稚内まで来てしまったという次第なんです。
でも、〈わたし〉は急に訪ねていってドアを叩いたりはしません。ポストに〈夏休みなのであそびにきました。よかったら、電話ください〉なんて淡泊なメモを残しただけで、銭湯や寿司屋に入って、地元の人たちと話したり、あれやこれやといろんな考えで頭をいっぱいにしたり、御堂くんとのこれまでのつきあいを思い返してみたりしながら、相手の反応を待つんです。
中途半端にバットを出して自打球をすねにあてる野球選手を見て、〈ふるならふればいいじゃないか。わたしなら、と、寝そべりつつ、考えた。思いっきりふりにいってやろうじゃないの。からだを起こしてあぐらをかいた。四の五のいわずにきた球を叩っ返してやる〉と息巻くような女子が、〈みっともない真似はしたくないんだと、つぶやいた。/死んでもしたくない〉といういっぱいいっぱいの気持ちを抱えて彼氏のアパートまで駆けていく。愛おしいじゃないの! このシーンに胸キュンできないような男はダメ、ダメダメダメッ!! ”肝、焼ける”ようなじれったい状況に宙ぶらりんになった婦女子の気持ちを的確に、ユーモラスに、そして切なく描いたこの表題作以外の四作品も素晴らしいんですの。こんなハイレベルな新人はそうは現れません。ぜひ、ご一読を。
【この書評が収録されている書籍】
ALL REVIEWSをフォローする