書評

『そんなはずない』(角川書店)

  • 2017/07/16
そんなはずない / 朝倉 かすみ
そんなはずない
  • 著者:朝倉 かすみ
  • 出版社:角川書店
  • 装丁:単行本(303ページ)
  • 発売日:2007-07-00
  • ISBN-10:4048737643
  • ISBN-13:978-4048737647
内容紹介:
松村鳩子は、30歳の誕生日を挟んで、ふたつの大災難に見舞われる。婚約者に逃げられ、勤め先が破綻。自分を高く売ることを考え、抜け目なく生きてきたのに。失業保険が切れる頃、変りものの妹… もっと読む
松村鳩子は、30歳の誕生日を挟んで、ふたつの大災難に見舞われる。婚約者に逃げられ、勤め先が破綻。自分を高く売ることを考え、抜け目なく生きてきたのに。失業保険が切れる頃、変りものの妹・塔子を介し年下の男、午来と知り合う。そして、心ならずも自分の過去の男たちとつぎつぎに合う羽目に。さらに、新しい職場である図書館の同僚たちに探偵がつきまとい、鳩子の男関係を嗅ぎまわっている、らしい。果して依頼人は?目的は―。
トヨザキ的評価軸:
「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」

文句のつけどころのない、天晴れな小説。素晴らしい!

第七十二回「小説現代」新人賞受賞作『肝、焼ける』だってかなり巧いと思ってはいたんです。でも、あれから二年、ここまで腕を磨いてくるとは正直想像しておりませんでした。朝倉かすみさん、あなたは素晴らしい。『そんなはずない』が次回直木賞にノミネートもされなかったら、文藝春秋の下読み社員はみんなバカ。そゆことなんですの。

主人公は三十歳を目前に、婚約破棄された松村鳩子。おまけに誕生日の翌日、勤めていた信用組合が経営破綻。物語は、そんな鳩子の踏んだり蹴ったりな状況から幕を開けるのです。さて、鳩子にはマイペースで皮肉屋の三歳年下の妹・塔子がいます。彼氏との交際が順調だった頃しきりと「運命」という言葉を持ち出す姉に「……おねえちゃんは、結婚が好きなんだね」と言い放ったり、鳩子の「一月で失業保険が切れます。ニート一直線って感じだよーん」という年賀状の言葉に、「無職で彼氏のいない親がかりの三十女だから、世間さまにはへりくだってみせるのが無難という気持ちはわかるよ。そんな状況にも、へりくだるにも忸怩たる思いがあるのもわかる。でも、その思いを『だよーん』ではぐらかそうとするその心根が貧乏くさいとあたしは思うわけだよ」なんて辛辣だけど的確なコメントを寄せる、かなり可愛げのない妹です。

で、ですね。木彫りのお盆制作に夢中な、女子としては規格外なまでに個性的な塔子が珍しくも恋心を抱いた男に、鳩子が想いを寄せられてしまうあたりから、もともとページを繰る指が止まらないほど面白かった物語がさらに面白さの度合いを増していくんです。〈山なりに放るボールのような笑顔を顔いっぱいに浮かべている。グラブをかまえていようがいまいが、すっぽりおさまるような笑み〉の持ち主・午来新太郎が登場したら覚悟なさってください、本が閉じられなくなりますから。

一人の男を巡って対立する姉妹なんて、正直いって、わたしにとっては苦手な手垢まみれのパターンです。ところがっ! 愛すべきキャラクターの午来のみならず、婚約破棄した薄井孝道や鳩子のかつての恋人でプレイボーイの野村大介など、男を描く筆が冴えまくり。伏線をさりげなく忍ばせたエピソードのひとつひとつが、読者を次のエピソードへぐいっと引っ張っていくグリップの強さは角田光代や絲山秋子にもひけをとりません。声に出して唸ってしまうほど巧い比喩といい、文句のつけどころがない天晴れな小説なのです。直木賞どころか本屋大賞も射程圏内。怖ろしいほどの才能ですよ、朝倉かすみはっ。

[後記=で、いまだに朝倉さんは直木賞にノミネートされてません。なんで?]

肝、焼ける / 朝倉 かすみ
肝、焼ける
  • 著者:朝倉 かすみ
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(304ページ)
  • 発売日:2009-05-15
  • ISBN-10:4062763524
  • ISBN-13:978-4062763523
内容紹介:
31歳になった。遠距離恋愛中、年下の彼は何も言ってくれない。不安を募らせて、彼の住む町・稚内をこっそり訪れた真穂子は、地元の人たちの不思議なパワーを浴びて、なにやら気持ちが固まっていく―。三十代独身女性のキモ焼ける心情を、軽妙に描いた小説現代新人賞受賞作を含む、著者の原点、全五編。

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【この書評が収録されている書籍】
正直書評。 / 豊崎 由美
正直書評。
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:学習研究社
  • 装丁:単行本(228ページ)
  • 発売日:2008-10-00
  • ISBN-10:4054038727
  • ISBN-13:978-4054038721
内容紹介:
親を質に入れても買って読め!図書館で借りられたら読めばー?ブックオフで100円で売っていても読むべからず?!ベストセラーや名作、人気作家の話題作に、金、銀、鉄、3本の斧が振り下ろされる。

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そんなはずない / 朝倉 かすみ
そんなはずない
  • 著者:朝倉 かすみ
  • 出版社:角川書店
  • 装丁:単行本(303ページ)
  • 発売日:2007-07-00
  • ISBN-10:4048737643
  • ISBN-13:978-4048737647
内容紹介:
松村鳩子は、30歳の誕生日を挟んで、ふたつの大災難に見舞われる。婚約者に逃げられ、勤め先が破綻。自分を高く売ることを考え、抜け目なく生きてきたのに。失業保険が切れる頃、変りものの妹… もっと読む
松村鳩子は、30歳の誕生日を挟んで、ふたつの大災難に見舞われる。婚約者に逃げられ、勤め先が破綻。自分を高く売ることを考え、抜け目なく生きてきたのに。失業保険が切れる頃、変りものの妹・塔子を介し年下の男、午来と知り合う。そして、心ならずも自分の過去の男たちとつぎつぎに合う羽目に。さらに、新しい職場である図書館の同僚たちに探偵がつきまとい、鳩子の男関係を嗅ぎまわっている、らしい。果して依頼人は?目的は―。

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初出メディア

TV Bros.

TV Bros. 2007年8月18日

多彩な連載陣のコラムが人気のポップカルチャーTV情報誌。豊﨑由美氏の書評コーナー「帝王切開金の斧」が好評連載中。

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