書評
『そんなはずない』(角川書店)
トヨザキ的評価軸:
「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
主人公は三十歳を目前に、婚約破棄された松村鳩子。おまけに誕生日の翌日、勤めていた信用組合が経営破綻。物語は、そんな鳩子の踏んだり蹴ったりな状況から幕を開けるのです。さて、鳩子にはマイペースで皮肉屋の三歳年下の妹・塔子がいます。彼氏との交際が順調だった頃しきりと「運命」という言葉を持ち出す姉に「……おねえちゃんは、結婚が好きなんだね」と言い放ったり、鳩子の「一月で失業保険が切れます。ニート一直線って感じだよーん」という年賀状の言葉に、「無職で彼氏のいない親がかりの三十女だから、世間さまにはへりくだってみせるのが無難という気持ちはわかるよ。そんな状況にも、へりくだるにも忸怩たる思いがあるのもわかる。でも、その思いを『だよーん』ではぐらかそうとするその心根が貧乏くさいとあたしは思うわけだよ」なんて辛辣だけど的確なコメントを寄せる、かなり可愛げのない妹です。
で、ですね。木彫りのお盆制作に夢中な、女子としては規格外なまでに個性的な塔子が珍しくも恋心を抱いた男に、鳩子が想いを寄せられてしまうあたりから、もともとページを繰る指が止まらないほど面白かった物語がさらに面白さの度合いを増していくんです。〈山なりに放るボールのような笑顔を顔いっぱいに浮かべている。グラブをかまえていようがいまいが、すっぽりおさまるような笑み〉の持ち主・午来新太郎が登場したら覚悟なさってください、本が閉じられなくなりますから。
一人の男を巡って対立する姉妹なんて、正直いって、わたしにとっては苦手な手垢まみれのパターンです。ところがっ! 愛すべきキャラクターの午来のみならず、婚約破棄した薄井孝道や鳩子のかつての恋人でプレイボーイの野村大介など、男を描く筆が冴えまくり。伏線をさりげなく忍ばせたエピソードのひとつひとつが、読者を次のエピソードへぐいっと引っ張っていくグリップの強さは角田光代や絲山秋子にもひけをとりません。声に出して唸ってしまうほど巧い比喩といい、文句のつけどころがない天晴れな小説なのです。直木賞どころか本屋大賞も射程圏内。怖ろしいほどの才能ですよ、朝倉かすみはっ。
[後記=で、いまだに朝倉さんは直木賞にノミネートされてません。なんで?]
【この書評が収録されている書籍】
「金の斧(親を質に入れても買って読め)」
「銀の斧(図書館で借りられたら読めば―)」
「鉄の斧(ブックオフで100円で売っていても読むべからず)」
文句のつけどころのない、天晴れな小説。素晴らしい!
第七十二回「小説現代」新人賞受賞作『肝、焼ける』だってかなり巧いと思ってはいたんです。でも、あれから二年、ここまで腕を磨いてくるとは正直想像しておりませんでした。朝倉かすみさん、あなたは素晴らしい。『そんなはずない』が次回直木賞にノミネートもされなかったら、文藝春秋の下読み社員はみんなバカ。そゆことなんですの。主人公は三十歳を目前に、婚約破棄された松村鳩子。おまけに誕生日の翌日、勤めていた信用組合が経営破綻。物語は、そんな鳩子の踏んだり蹴ったりな状況から幕を開けるのです。さて、鳩子にはマイペースで皮肉屋の三歳年下の妹・塔子がいます。彼氏との交際が順調だった頃しきりと「運命」という言葉を持ち出す姉に「……おねえちゃんは、結婚が好きなんだね」と言い放ったり、鳩子の「一月で失業保険が切れます。ニート一直線って感じだよーん」という年賀状の言葉に、「無職で彼氏のいない親がかりの三十女だから、世間さまにはへりくだってみせるのが無難という気持ちはわかるよ。そんな状況にも、へりくだるにも忸怩たる思いがあるのもわかる。でも、その思いを『だよーん』ではぐらかそうとするその心根が貧乏くさいとあたしは思うわけだよ」なんて辛辣だけど的確なコメントを寄せる、かなり可愛げのない妹です。
で、ですね。木彫りのお盆制作に夢中な、女子としては規格外なまでに個性的な塔子が珍しくも恋心を抱いた男に、鳩子が想いを寄せられてしまうあたりから、もともとページを繰る指が止まらないほど面白かった物語がさらに面白さの度合いを増していくんです。〈山なりに放るボールのような笑顔を顔いっぱいに浮かべている。グラブをかまえていようがいまいが、すっぽりおさまるような笑み〉の持ち主・午来新太郎が登場したら覚悟なさってください、本が閉じられなくなりますから。
一人の男を巡って対立する姉妹なんて、正直いって、わたしにとっては苦手な手垢まみれのパターンです。ところがっ! 愛すべきキャラクターの午来のみならず、婚約破棄した薄井孝道や鳩子のかつての恋人でプレイボーイの野村大介など、男を描く筆が冴えまくり。伏線をさりげなく忍ばせたエピソードのひとつひとつが、読者を次のエピソードへぐいっと引っ張っていくグリップの強さは角田光代や絲山秋子にもひけをとりません。声に出して唸ってしまうほど巧い比喩といい、文句のつけどころがない天晴れな小説なのです。直木賞どころか本屋大賞も射程圏内。怖ろしいほどの才能ですよ、朝倉かすみはっ。
[後記=で、いまだに朝倉さんは直木賞にノミネートされてません。なんで?]
【この書評が収録されている書籍】
ALL REVIEWSをフォローする







































