書評

『インフォーマーズ』(角川書店)

  • 2020/11/03
インフォーマーズ / ブレット・イーストン・エリス
インフォーマーズ
  • 著者:ブレット・イーストン・エリス
  • 翻訳:小川 高義
  • 出版社:角川書店
  • 装丁:単行本(286ページ)
  • 発売日:1997-01-01
  • ISBN-10:4047912603
  • ISBN-13:978-4047912601
内容紹介:
いい服を着て、いい車に乗って、セックスに溺れて、ドラッグ漬けになって…。欲しいものは一体何なのか。心身ともに病んだ若者たちとその親の世代を描く。
人間は時代の産物である。「いまどきの若モンは……」的発言はいつの世も絶えないけれど、感受性が強く自我が固まりきっていない若モンだからこそ、“いまどき”に影響されるというもので、第一その憂うべき“いまどき”とやらを作ったのは当の大人たちなのだから、時代の産物のありようたる若モンに文句をつける前に、まずは我がフリ直せってなもんだろう。

ドラッグとセックスまみれの生活に浸る西海岸のリッチな若者の退廃を描いたデビュー作『レス・ザン・ゼロ』、ウォール街のヤング・エグゼクティブという表の顔と、残忍な殺人鬼という私生活の顔を使い分ける男の、とことん表層的な日常を微に入り細をうがち描写した『アメリカン・サイコ』と、物議をかもす作品を世に送り出し続けているブレッド・イーストン・エリス。彼が描くのは消費行動と物欲に彩られた醜悪な八〇年代の産物としての若者像なのだが、その醜悪さをバブルで体験した日本人読者にとっても、彼の小説が切実であるのは言うまでもない。

デザイナーズ・ブランドの服を着て、外車を乗り回し、いい女を連れて、はやりのスポットで遊ぶ。そうした表層のカッコよさとそれを支える財力だけに価値を見いだし、しかし、そんなものに頼った生活はどこまでいっても空(むな)しく、その空しさはやがて精神の核を蝕(むしば)んでいく――。デビュー前から書きためていたスケッチ風の文章に手を加えたという、短編集のような体裁をとったこの作品には、八〇年代版いまどきの若モンの青春群像が標本のように即物的に描き出されている。断罪するでもなく、共感を寄せるでもなく、エリスの視線は徹底してクールなのだ。

そのクールな姿勢もまた、言ってみれば八〇年代的気分の産物だろう。反抗すべき強い権威もなく、高度成長期を背景に経済的に恵まれた子供時代を過ごしたニュー・ロスト・ジェネレーション(あらかじめ失われた世代)特有のシラけた気分。九〇年代版いまどきの若モンにとっても状況は似たり寄ったり、というか無力感はさらに強まっているとすら言えるのではないか。

年配の識者が苦言を呈するとおり、エリスの小説は「無内容」で「無意味」かもしれない。でも、ここで描かれている強烈な虚無感は、たしかに時代の真摯な産物ではあるのだ。日本でバブルの醜悪と徹底して向き合った小説が生まれていない以上、わたしたちはエリスを読むしかないではないか。

【この書評が収録されている書籍】
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド / 豊崎 由美
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:アスペクト
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2005-11-29
  • ISBN-10:4757211961
  • ISBN-13:978-4757211964
内容紹介:
闘う書評家&小説のメキキスト、トヨザキ社長、初の書評集!
純文学からエンタメ、前衛、ミステリ、SF、ファンタジーなどなど、1冊まるごと小説愛。怒濤の239作品! 560ページ!!
★某大作家先生が激怒した伝説の辛口書評を特別袋綴じ掲載 !!★

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

インフォーマーズ / ブレット・イーストン・エリス
インフォーマーズ
  • 著者:ブレット・イーストン・エリス
  • 翻訳:小川 高義
  • 出版社:角川書店
  • 装丁:単行本(286ページ)
  • 発売日:1997-01-01
  • ISBN-10:4047912603
  • ISBN-13:978-4047912601
内容紹介:
いい服を着て、いい車に乗って、セックスに溺れて、ドラッグ漬けになって…。欲しいものは一体何なのか。心身ともに病んだ若者たちとその親の世代を描く。

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チッタ(終刊)

チッタ(終刊) 1997年6月号

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