書評
『読めない遺言書』(双葉社)
独白の挿入が独特のリズムに
著者は、2年前の〈小説推理新人賞〉の受賞者で、本書が初めての長編になる(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2012年)。新人とはいえ、並なみならぬ筆力の持ち主で、こなれた語り口は読みやすく、長さを感じさせない。本業は司法書士とのことだが、その経験がよく生かされている。
中学教師竹原は、義絶状態にあった父の死を知らされ、独り暮らしをしていたアパートへ、遺品の整理に行く。竹原が高校生のころ、大衆食堂を経営していた父は、客と争って相手を傷つけ、刑務所にはいるはめになった。それ以来息子と、没交渉のままだったのだ。
遺品の中に、公証人立ち会いのもとに作られた、遺書が見つかる。そこには、全財産を小井戸広美に遺贈する、と書かれていた。竹原には心当たりのない女で、書き込まれた生年月日からすると、自分より三つも若い。亡父に、若い愛人がいたのかと思い、竹原は複雑な気持ちになる。
教師として、不登校児の家を訪ねたり、問題児の相手をしたりと、日常業務をこなしながら、記載された住所を頼りに、広美や2人の立ち会い証人の素性を、調べていく。
このあたりは、いかにもミステリーらしい運びで、読み手の興味をそらさない。教え子とのやりとりも、生きいきとして臨場感がある。せりふとせりふのあいだに、本音とも韜晦(とうかい)ともつかぬ独白が挿入され、それが独特のリズムを生んでいて、なかなかおもしろい。一人称小説にもかかわらず、「私は……」という主語を極力少なくし、主人公の存在感を軽くすることで、逆に読者の感情移入を促す、味な手管を使っている。
純粋のミステリーではないが、広美の正体については二転、三転する仕掛けがある。竹原が、しだいに広美に引かれていく過程にも、無理がない。
結末は、ある程度予測がつくものの、読後感のよい爽やかな小説だ。
朝日新聞 2012年7月8日
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