書評

『し・つ・こ・く ふざけんな!』(図書新聞)

  • 2017/08/31
し・つ・こ・くふざけんな! / 安原 顕
し・つ・こ・くふざけんな!
  • 著者:安原 顕
  • 出版社:図書新聞
  • 装丁:単行本(271ページ)
  • ISBN-10:4886113052
  • ISBN-13:978-4886113054

ジャズ風のこころのリズム

この本の特徴をひと口でいうとなれば、何といっても瞬時にやってくる憤慨の表情をかくさずぶちまけていることだ。それが肉声のこもった活きいきした話体の呼吸とリズムで表現されているので、生のままの安原顯の口調をほうふつとさせる。かつて島尾敏雄が安原顯の会話の面白さはリズムにかかっていると評したことがある。そのときとても適確だ、やはり見るものはみてるものだと感服したのを覚えている。この本を底の方でささえているのも、ジャズ風の著者のこころのリズムだとおもう。安原さん、ストーリイを造ろうとしないで、このリズムでときどきフィクションを入れこんで、それを小説とかんがえればいいんぢゃないかなという意味のことを、わたしも云ったことがあるような気がする。

ところでこの本はフィクションでもなく、リズムが欲しいというのでもない。じっさいにたくさん瞋りをぶちまけたいことがあって書かれている。瞋りの相手は出版社、出版物の取次機構、それから物書き、編集者など、総体的にいえば本の出版に関与しているすべてだといっていい。わたしが身にこたえたところからつかまえると、まず出版の取次機構だ。出版の大手取次機構(東販とか日販)は、大手の出版社の首脳を役員としてつくられた出版物の配給会社なので、徹頭徹尾大手出版社に有利にできている。たとえば大手出版社の本は定価の七掛けとか七・五掛けで引き取って、小売屋(本屋さん)に配給してくれる。そして翌月には引き取った本の定価と部数を掛け算したものの何割かの金額を先払いしてくれる。それはすぐに次の本の制作費に使えるわけだ。ところが安原顯が創設したメタローグ社が雑誌や単行本を作って出版しようとすると、まず大手の取次に窓口を設けることが難しい。設けられたとしても、次に引き取ってくれる掛け率が六・二掛けくらいにたたかれる。そして細かいことは云わないとしても、本の売れた部数だけ金額が還ってくるのは半年あとになる。弱小出版社は運営にあたり、この不公正に泣かされてきた。これに従いたくなければ、直販ルートをつくるかそれとも直接購読を募るほかない。安原顯はこれは根拠のない差別で、独占禁止法違反だと、この本のいたるところで繰返し獅子吼している。こんな差別で何が文化だといっているのだ。安原顯の吼え方はいい。全面的に賛成だ。でもたったひとつの点を除いてだ。それならこの取次機構の理不尽、不公正な差別、弱小出版いじめに、黙って耐えながら細々と本を出版している出版社はみな意気地なしだからか。わたしはそうはおもわない。この種の差別、弱小だから蒙る理不尽のなかには、世界が全体平等にならなければ無くならない差別と、現状でも見識があれば無くせる差別と両方が含まれている。そして世界が全体平等にならなければ無くならない差別の方は、無差別の主張を短絡するとかえって間違いだということがありうる。

この本の第二の憤慨は、物書きが世間的名声や世間的地位を無意識にまた意識的に鼻にかけて編集部をまるで使用人みたいにこき使ったり、権威を利用して抑圧したり、脅迫感をあたえて職を危うくさせたりする行為に向けられている。わたしは出版社主や首脳に圧力をかけて編集者を脅かしたことはないが、ずぼらをきめ込んで連絡しなかったり、〆切をぎりぎりまで延ばして迷惑を及ぼしたりする常習犯なので、安原顯の第二の憤慨をまったく免れるというわけにはいかない。だんだんこの文章のトーンも落ちてこざるをえない。

これが第三の憤慨につながってゆく。ここまでくると思い当たることばかりで、グウの音もでないが、かえって底抜けのユーモアがあって、やられながらゲラゲラ笑えてくる。言葉尻をちょっと挙げてみる。

無能な癖に態度ばかりデカく、「書く書く」とは口先だけ、月の内に何十回となく催促しても書かぬ(書けぬ)グズ作家・グズ批評家らを毎月二十人も抱えてみてほしい。

しかも、老舗の出版社の場合、「編集者は黒衣たれ、社の利益を齎す偉い作家には逆らうな」との暗黙の「お達し(プレッシャー)」があり、どう威張ってみても、身分としては士農工商編集者といったようなもので(中略)結果として貴重な人生を馬鹿でグズな「字書き」のために捧げまくるのが、ごく一般的な編集者の仕事なのだ。

こうやられると思い当って慴伏するばかりだが、かえって罪の意識が吹き払われた解放感もおぼえてしまう。そこでひとつ保留事項をつけ加えてみる。どんな職業もそれぞれだいたい編集者と似たりよったりですぜ、といえるところがあるということだ。そしてそれはまだ解明されてない社会や人間の謎の部分と関連していて、安原顯やわたしや諸々の人は、さらなる解明の義務があるとおもう。この義務を怠って短絡すれば、真理に違反するばあいがある。

【この書評が収録されている書籍】
言葉の沃野へ―書評集成〈上〉日本篇  / 吉本 隆明
言葉の沃野へ―書評集成〈上〉日本篇
  • 著者:吉本 隆明
  • 出版社:中央公論社
  • 装丁:文庫(387ページ)
  • ISBN-10:412202580X
  • ISBN-13:978-4122025806

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し・つ・こ・くふざけんな! / 安原 顕
し・つ・こ・くふざけんな!
  • 著者:安原 顕
  • 出版社:図書新聞
  • 装丁:単行本(271ページ)
  • ISBN-10:4886113052
  • ISBN-13:978-4886113054

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週刊書評紙・図書新聞の創刊は1949年(昭和24年)。一貫して知のトレンドを練り続け、アヴァンギャルド・シーンを完全パック。「硬派書評紙(ゴリゴリ・レビュー)である。」をモットーに、人文社会科学系をはじめ、アート、エンターテインメントやサブカルチャーの情報も満載にお届けしております。2017年6月1日から発行元が武久出版株式会社となりました。

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