作家論/作家紹介

池部 良『風の食いもの』(文藝春秋)、『心残りは…』(文藝春秋)、『酒あるいは人』(平凡社)、志村 三代子・弓桁 あや『映画俳優 池部良』(ワイズ出版)、他

  • 2022/09/06

恋愛映画やコメディ、文芸映画で軽やかな主役ぶりを披露してきたスタアが、よりによって東映やくざ路線へ向かうとは。相手役は売り出し中の高倉健。いかにも思い切った決断だが、じつはそのきっかけをつくった映画があった。「乾いた花」(一九六四年 篠田正浩(しのだまさひろ)監督 原作・石原慎太郎(いしはらしんたろう))。松竹ヌーヴェルヴァーグの旗手、篠田正浩がやくざ役に池部良を抜擢、相手役は二十一歳の加賀(かが)まりこ。「乾いた花」を観ると、恋愛映画で培ったスタイリッシュな演技をびしばしとキメまくり、篠田正浩の予感的中。そこに目をつけて、虚無や憂鬱(ゆううつ)を潜めた新しいやくざ像を重ねたのが東映やくざ映画の辣腕(らつわん)プロデューサー、俊藤浩滋(しゅんどうこうじ)。四十代半ば、しだいに主役が減りつつあった池部良にとっていちかばちか、勝負のしどころだった。

一九六五年にスタートした「昭和残侠伝」シリーズは全九作。掛け値なし、日本映画史に残る一級品の娯楽映画だ。なかでも最高傑作は第七作「昭和残侠伝 死んで貰います」(一九七〇年 マキノ雅弘監督)だろう。主演の高倉健と東映の客分、池部良。目と目を見つめ合い、契りを交わして悪に立ち向かうツーショットはむせかえるほどの色濃いエロティシズムにあふれて、もうたまりません。やくざ映画というより、義理人情を超えた男と男の恋愛映画。なにがなんだかわかってない中一女子をポスターだけでぽっと紅潮させたのも、三島由紀夫が思わず惚れたと公言してしまったのも、よくわかる。公開当時、映画館の客席は学生運動の闘士とそのスジの方々に二分されて異様な盛りあがりを見せたという。高峰秀子、岸惠子、淡島千景、山口淑子(やまぐちよしこ)など美人女優お歴々のみならず、漢(おとこ)高倉健をも恋愛の相手に仕立ててしまう池部良の凄腕(すごうで)の色男ぶりにひれ伏してしまう。

「わたし観たことないんです。すぐプロジェクター借りてこなくちゃ」
カワサキさん主催の上映会にまたしても鼻息荒く集まったメンバーはカワサキさん、三十二歳男子アキヤマくん、一児の母タケダさん、わたし。そして特別ゲストに漫画家の東海林(しょうじ)さだおさん。上映会直前たまたま近所にいる東海林さんから電話があったので「ついでに映画観ますかー」とお誘いしてみると、「ハイ観ますー」。神保町(じんぼうちょう)「集英社」二階の会議室に五人が揃った。

さあ試写会のはじまりです。右手に持参の缶ビール、左手に東海林さん支給の塩昆布。画面いっぱい白波が砕け散って、どどおんと「東映」の看板文字。おお。ぐっと身を乗り出す。つづく緋文字(ひもじ)のタイトルは血飛沫か男の涙の残滓(ざんし)か。堂々登場「死んで貰います」。たちまち「昭和残侠伝」の世界にかっさらわれた。

二十代の藤純子(ふじじゅんこ)がいい。一途(いちず)に男に惚れる鉄火芸者のかわいらしさ、可憐さ。高倉健がいい。ぐーっと己を殺して耐えしのぶ男の我慢、たくましさ、はらりと諸肌(もろはだ)脱げばりゅうと鍛え上げた筋肉に咲き誇る唐獅子牡丹の刺青(いれずみ)。池部良がいい。熱い思いを秘めた視線、洒脱な身のこなし、諦念(ていねん)の美学を感じさせる独自の存在感に重厚感と説得力がある。若く一徹な高倉健を脇(わき)で支えながら、やくざ風間重吉の人物造型にみしっと厚みをもたせるところは、さすが俳優のキャリア三十年。魅惑のツーショットもふんだん。

襷(たすき)がけで、揃ってまな板に向かう“シンクロナイズド・板前”カット。自転車を並べて買いだしから戻るなかよしカット。「心配かけてすまなかったな」と手を取り合うラブシーン。「おれはやっぱりだめだ。足洗えねえ」、すがる告白シーン……様式美を追求した映像のすごみはさすが名匠マキノ雅弘。画面の要素がシンプルに削(そ)ぎ落とされたぶん、迫力満点。こっちも握りこぶしにちからが入って、はっと気づくと喉がからから、気つけ薬がわりに缶ビールをぐびっ。

いよいよ道行き、いや殴り込みのシーン。

殴り込みを決意した池部良が懐にドスを潜ませ、歩いてゆく。待ち受ける高倉健が「堅気のおめえさんを行かせるわけにはいかねえ」。それを振り切って池部良がドスの封印に指をかけ、ぶちりと親指で切ると興奮最高潮。バックに流れる主題歌「唐獅子牡丹」。瞬(まばた)きもせず見つめ合う無言の長いクロースアップ、のち、「ご一緒、願います」。

「エロい……」

暗闇のなかで誰かがつぶやいた。いやもうほんとに。惚れた男どうし一心同体の官能がスクリーンいっぱいに張りつめて、とろとろに溶けてしまいそう。そしてラスト、殴り込みの乱闘シーン。背中で猛る唐獅子を従えて、斬(き)って斬って斬りまくって血飛沫のなかついに決着をつけた高倉健が「重さん!」。すがたを探すと、そこにはすでに息絶えた池部良が……。

エンドマークが出てなお、みな放心状態。

「……すげえ」
アキヤマくんがため息をもらす。

「はああ」
女子も喘いでおります。

「へへへ……」
東海林さんが気の抜けた笑いを放出している。四十年を経てなお古びることのない説得力と疾走感に、言葉を奪われてしまう。

「どうなの、この映画。いまの若いひとが観たら」
東海林さんが塩昆布の残りをかき集めながらアキヤマくんに聞く。
「いやぁすごい、かっこいいっす」
「どっちがいいの、高倉健と池部良と」
「ぼくは池部良です。あの抑制のきいたスタイリッシュなところがやっぱり」

「あっそう。おんなのひとはどうかな」
カワサキさんとタケダさんが声を合わせる。
「池部良あっての高倉健なんですね、『昭和残侠伝』は。健さんひとりだと浮き足立っちゃうところを、池部良の存在感がびしっと引き締めてる」

「あっそう。で、この映画、おんなのひとにウケるの。そこんとこどうなの」
「草食男子にはむりかもしれないけど、肉食女子にはたまらん映画だと思います」
「えっそうお? そうかあ」

そして東海林さんは、高倉健とデートしたら絶対つまんないよ、と三回くらい繰りかえして言った。よほど高倉健に恨みつらみがあるにちがいない。

あらためて思った。「死んで貰います」、この一作こそ池部良の集大成だ。女優を相手に愛を囁きつづけてきた二枚目スタアが任侠映画の世界に足を踏み入れ、とんでもなく濃密なエロスを表現している。同時に、寡黙で自己抑制のきいた風間重吉の背中に滲みでている諦念や無常、情念。それらのみなもとこそ、けっして抗(あらが)うことのできなかった絶対服従の五年間の兵役生活であり、七十名の部下のいのちを一身に背負った戦争体験ではなかったか。映画斜陽期、有終の美を飾ると同時に池部良のすべてが注入された金字塔、それが「死んで貰います」だ。

七十年代以降、池部良は「昭和残侠伝」で助監督を務めていた降旗康男(ふるはたやすお)の監督作品「冬の華」「駅 STATION」「居酒屋兆治」に出演している。主演は高倉健。「冬の華」の脚本は倉本聰(くらもとそう)。冒頭の回想シーンだけの出演をしぶる池部良に、倉本聰は「ビールの鮮度を落とさないのが王冠の栓。良さんは『冬の華』の王冠なんだから」と懸命にかきくどいたという。しかし、回想シーンだけの出演に象徴されるかのように、池部良は映画の第一線から次第に遠ざかってゆく。日本映画がリアリティを追求する映像表現へ移行するなか、伝説の存在となってゆく運命を受け容れるほかなかった。

だからふたたび、東宝演出部を志した若い日の「書くこと」への意欲が頭をもたげた。

東京駅向かい、丸ビルの喫茶店。わたしは映画史研究者、志村三代子さんと向かい合っていた。志村さんは『映画俳優 池部良』の編者のひとりである。書店でこの本を手にしたとき、なんと贅沢な一冊だろうと感嘆した。本人への長時間のロングインタヴュー、市川崑(いちかわこん)、篠田正浩、降旗康男、淡島千景、司葉子(つかさようこ)へのインタヴュー、高倉健の書簡、二段組みの詳細なフィルモグラフィー、ずしっと厚い四百十五ページに池部良へのリスペクトがあふれかえって、全貌を解き明かすさまが圧巻だ。と同時に、日本の映画史を緻密に解き明かす優れた研究書であり、みごとな読みものにもなっている。

開口一番、わたしは志村さんに伝えた。

「ご本人の口から語られる映画論、演技論、戦争体験にもとづく人生観、聞き手に応えようと誠実に語っていらっしゃる池部さんのすがたが目に浮かびます」

インタヴューのおもしろさは聞き手の力量と熱意しだい、話のふくらみかたもまったく違ってしまう。この本で語られる話のおもしろさ、詳細さ、熱のこもりようはどうだろう。サービス精神を奮って、ときにはユーモアをまじえながら軽妙に語られた内容には、これまで披露されなかったことがらが多く、語り手が膝を乗りだしているようすが行間から見てとれる。そのための仕掛けも優れており、ぜんぶで六回、三年にわたったインタヴューは映画作品のビデオ映像をいっしょに観て確認しながら質問をはさむという手法がとられている。つまり、本人の記憶を直接喚起するとともに、おのずと主観や思いこみにブレーキをかけて客観的な発言を引き出すという秀逸な手法。俳優本人にとっても、いまの観客がどのように自分の映画を観ているか、じかに接する稀少な経験でもあったろう。志村さんは一九六九年生まれ。現在は早稲田大学坪内(つぼうち)博士記念演劇博物館の研究員を務めている。

「なんといっても目のまえにいるのは憧(あこが)れの大スタアですから、お会いするたびとても緊張しました。当時は早稲田大学の大学院修士課程に在籍中だったのですが、同人誌をつくるために池部さんご本人にインタヴューをしたくて、もうひとりの編者の弓桁さんがお手紙を差し上げた。そうしたら池部さんから返信があり、お会いすることになったのが二〇〇二年。場所は国際文化会館を指定なさって、アスコットタイにジャケット、颯爽(さっそう)と現れたすがたはほんとうにすてきで、うっとりしてしまいました」

オーラの輝き、いまだ衰えず。そのとき池部良は八十代半ば。序文で、志村さんはこんなふうに本質に迫っている。

いわば池部良は、その俳優人生において、対極的なジャンルを横断し、異なる映画システムを潜(くぐ)り抜けた稀有なスターであったのだ。だがその一方で、彼が巷間(こうかん)の演技賞などには縁のなかった俳優であることもまた事実である。
しかし、こうしたとおりいっぺんの解説だけではとても池部良を説明しきれるものではない。俳優の経験や年輪などといった陳腐な理由に到底帰せられるものではなく、それらを軽々と超えてしまった何かを池部良は持っているのではないだろうか。

それにしても、演技プラン、ワンカット、ワンシーンの背景や意味、監督との詳細なやりとりにいたるまで、いまだ軽妙微細に語り尽くす記憶力には仰天してしまう。

「まるで講談のような話しぶりで、どんどん言葉が湧いて出てくる。すばらしい記憶力なんです。小津作品など、ご自分が思い入れがある作品についてはことに詳細に覚えていらっしゃいますね」

喋(しゃべ)っても、書いても、それこそ映画のワンシーンのようなあざやかな描写力を発揮する。「本気で直木賞を狙(ねら)って書いたことがある」と告白してもいるほどだから、人物描写は自家薬籠中(じかやくろうちゅう)のもの。真骨頂は、映画制作の現場を舞台に名だたる美人女優や名監督たちとの交流が描かれる『心残りは…』や『山脈(やま)をわたる風』である。たとえば『心残りは…』の「破戒」撮影中の木下惠介監督を描く文章。

僕は熱演を許されたから、二枚目を捨て、ここを先途とおんおんがあがあ泣いた。
だが、いつまで泣いても「カット」の声がかからない。些(いささ)か泣き疲れして来たが、でも懸命に泣いていたら、
「池部っ、あんたばかじゃないの。そんなに泣いてどうするのよ。フィルムが無駄じゃないの」と言う監督の声。だったら監督には「カット」をかける権利と権力があるんだ。早くに「カット」してくれればいいのにと少しばかり恨みを含んだ目で監督を見上げたのを覚えている。
短気でせっかちで思いこみの強いのが才人だと思った。

映画俳優 池部良 / 志村 三代子,弓桁 あや
映画俳優 池部良
  • 著者:志村 三代子,弓桁 あや
  • 出版社:ワイズ出版
  • 装丁:単行本(415ページ)
  • 発売日:2007-02-01
  • ISBN-10:4898302076
  • ISBN-13:978-4898302071
内容紹介:
この本は、二〇〇三年に出版された「映画学」17号(早稲田大学映画学研究会)の「巻頭特別インタビュー 映画俳優 池部良」をもとにしている。今回、ワイズ出版で刊行するにあたって、新たに池部… もっと読む
この本は、二〇〇三年に出版された「映画学」17号(早稲田大学映画学研究会)の「巻頭特別インタビュー 映画俳優 池部良」をもとにしている。今回、ワイズ出版で刊行するにあたって、新たに池部良ご本人にインタビューを行うとともに、市川崑、篠田正浩、降旗康男といった、現場の池部良を間近に見ながら、池部良を作り上げていった監督たち、また、池部良と共演した淡島千景、司葉子のお二人にも話を伺った。最後に高倉健が池部良に宛てた書簡は優れた池部良論となっている。

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木下惠介監督のキャラクターから撮影現場の空気まで、はるか半世紀以上もまえのできごとをスクリーンに映しだすように活写してしまう。その非凡の秘密はなんだろうとかんがえるうち、はたと気づいた。つねに自分が文章の中心にいるのだ。俯瞰(ふかん)して書くのでもなく、横から眺めて捉えるのでもない。自分という存在をどまんなかに据え、座をけっして譲らず、無意識のうちに主役の目線で周囲をクールに描きだす。おのずとバイアスが掛かり、ねじれや歪(ゆが)みをも独特の味わいに転ばせ、天然のユーモアを誘発するのだ。生まれついてのおぼっちゃまの本領発揮である。

「あるとき俳優の伊藤雄之助(いとうゆうのすけ)さんの話を出したんです。そうしたら、すこしむっとなさって『君たちいったい誰のファンなんだい?』。池部さんと個性派俳優の伊藤雄之助さんでは、同じ「好き」でも捉えかたが全然違うのに、ちょっと笑ってしまいました。いまだにお電話するときは緊張します。スタアとしての色っぽさがおありになるし、九十を超えてもいつまでもみずみずしい」

しかし、スタアにもひそかな傷はある。じつは一九六五年、四十七歳のころ「池部良プロダクション」を設立し、帝国ホテルにこもって自作の脚本を書き、「五泊六日」(渡辺祐介監督)を制作している。
「このときのことは一切話したくない、とおっしゃいました。フィルムも全部焼いてしまったそうです。その一、二年の池部さんは失意の日々だったと思います」

監督を目指して東宝に入りながら、ついに叶うことのなかった夢。二枚目俳優としてあれほど騒がれながら、俳優では満足がいかなかったのだ。「甲種合格、現役入営」の知らせを受けて「入営までとりあえず俳優を」とスクリーンに引っぱり出されたときの苦い気分から一生逃れられなかった。自分をこう評している。

「狡猾(こうかつ)」と「諦観」と「流れに身を任せるルーズさ」と「頭の中を賑(にぎ)やかにしておきたかったこと」などが胸中を去来したのを記憶している。(『酒あるいは人』)

つまるところ、俳優としての自分を信じてはいなかった。池部良は自分のなにを信じていなかったのだろう。

「演技、なのかもしれません。求められる素材が違うとはいえ、黒澤明(くろさわあきら)監督作品に出演なさっていないのは残念です」

市川崑監督は、志村さんに「良ちゃんは照れ屋だから」と語ったという。照れとプライドは紙一重。スタアシステムという枠組みがあったからこそ照れとプライドが複雑に絡みあい、池部良は様式美の映像の中心で燦然(さんぜん)と輝いた。好んで「江戸っ子」「東京生まれの東京育ち」と書いたのは、照れを捨てきれない隠れ蓑(みの)にちがいなかった。

池部良のエッセイは、気分よく綴っている文章をこちらも気分よく読むのがたのしい。筆の運びの波にじょうずに乗る、そんな読みかた。

『酒あるいは人』。ベルモット、ジン、電気ブラン、バイカル、どぶろく、ラム……うまそうにくいっと、または眉(まゆ)を寄せて渋くキメてグラスを傾ける横顔や仕草を思い浮かべて読むと、味わい倍増。

酒あるいは人 / 池部 良
酒あるいは人
  • 著者:池部 良
  • 出版社:平凡社
  • 装丁:単行本(213ページ)
  • 発売日:1993-10-01
  • ISBN-10:458282871X
  • ISBN-13:978-4582828719
内容紹介:
今や名随筆家としても著名な俳優が語る、酒にまつわる軽妙洒脱なエッセイ。7才の白酒に始まり、軍隊時のパイカル、ロマンティックな想い出ギムレットなど、70有余年の酒遍歴と自らの半生を物語る。

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『池部良の男の手料理』。一九八六年、スタアの余技を披露する「池部式カニ玉」「デコレーション・オレンジ」「レタスのオイスターソースがけ」「肉詰め生シイタケ蒸し」……どれもこれも簡単なのにツボを押さえたレシピと読み心地。

『つきましては、女を』。猥談(わいだん)ぎりぎり、いかにも筆運びは得意げ。

『窓を開けると』。つい五年まえまで連載していたコラム集。余裕しゃくしゃく、融通無碍(ゆうずうむげ)を地でゆく文章に納得。

『天丼(てんどん) はまぐり 鮨(すし) ぎょうざ 味なおすそわけ』。帯に「祝 卒寿 銀幕スタア」とあり、めでたくてつい買った。ほかの本でもう何度も読んだ話だなーと苦笑いしながらページをめくるのも一興。

そのあいまに『映画俳優 池部良』のくわえ煙草(タバコ)、ダークスーツすがたのカヴァー写真を眺めれば、ひゃあジャン・マレエかジェラール・フィリップか、いやわがニッポンの池部良だと感嘆する。

「ああそういえば」

別れぎわ、志村さんが思い出したように言った。

「初めてお会いした日のことです。タクシーに乗りこんだ池部さんがするすると窓を開けて、わたしたちにこうおっしゃったんです。『また会えるかな?』あれが恋のはじまりでした」

池部良は、いまなお銀幕を生きている! 正真正銘、最後のスタアの著作は三十以上、最期の年も連載は四本におよんだ。

【この作家論/作家紹介が収録されている書籍】
野蛮な読書 / 平松 洋子
野蛮な読書
  • 著者:平松 洋子
  • 出版社:集英社
  • 装丁:単行本(264ページ)
  • 発売日:2011-10-05
  • ISBN-10:4087714241
  • ISBN-13:978-4087714241
内容紹介:
沢村貞子、山田風太郎、獅子文六、宇能鴻一郎、佐野洋子、川端康成…海を泳ぐようにして読む全103冊、無類のエッセイ。

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すばる 2010年7月号

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