書評

『あなたがホームレスになる日―平成大不況の恐怖 急増する路上生活者の実態レポート』(サンドケー出版局)

  • 2017/09/08
あなたがホームレスになる日―平成大不況の恐怖 急増する路上生活者の実態レポート / 森川 直樹
あなたがホームレスになる日―平成大不況の恐怖 急増する路上生活者の実態レポート
  • 著者:森川 直樹
  • 出版社:サンドケー出版局
  • 装丁:単行本(237ページ)
  • ISBN-10:491493812X
  • ISBN-13:978-4914938123
内容紹介:
新都心・新宿の年の暮れ。段ボールを連ねて路上に暮らす人たち。急増したホームレスのほとんどは平成不況の犠牲者たちだ。本書は数カ月にわたる彼らとの直接取材により、その過程をレポートした。

ホームレスになって読む本

ニューヨークで見た、全財産をショッピングカートに載せて移動しているいわゆる「ショッピングバッグレディ」のおばさんのひとりは、そのカートを脇に置いて、ビルの横の小さな公園でペーパーバックを読んでいた。それから、サンフランシスコで犬と一緒に道ばたに座りこんでいた若いホームレス(というより、金を入れるための缶を置いてあるからBEGGARだな)もぶ厚いペーパーバックに熱中していた。その他、ロンドンでもひとり、ロサンゼルスでもひとり、読書中のホームレスに出くわしている。残念ながら、いずれも本の正体はわからない。

最近は、日本でもホームレスが増えたが、どうも本を読んでいる光景にはぶつかったことがない。しかし、『あなたがホームレスになる日』(森川直樹著、サンドケー出版)の著者は、太宰治の文庫本を読んでいるホームレスに会う。次の日、彼は大江健三郎を読んでいる。それから、その次の日は川端康成。ははあこれは本物のホームレスではないなと思ったら、案の定、出社拒否症のサラリーマンで、一週間ほどで路上から姿を消してしまった。

じゃあ、いったい路上で暮らすようになると人はなにを読みたくなるのか。たぶん、「本なんか読まない」というのがいちばん正解に近いんだろうが、中には読んでる人だっているはずだ。ぼくは、いまから二十年ほど前、釜ケ崎や山谷とならぶ横浜寿町のドヤ、いわゆる簡易宿泊所に住んでいたことがある。仕事にあぶれてドヤに住めない労務者が焼酎で酔いつぶれて道のあちこちにぶっ倒れていた。ぼくはドヤに帰ってもただ寝るだけだったが、ぼくの上の棚に寝泊まりしている住人はしょっちゅう本を読んでいた。ある日ぼくは、彼の留守中にそっと空っぽの棚を覗き、本のタイトルを確かめると、なんだか可笑しくなってしまった。坂口安吾の『堕落論』だったんだ。こういう本を読んでる人間もホームレスにはならないな。

多い時は十五人ぐらい、カウンターとうしろの卓子を占拠して、煙草のけむりでむんむんしている。換気もわるい上に話し声も高いので、騒々しいのである。明け方まで立ったままの客もいた。どうして、冥途のとば口のような店が満員になるのか。理由はよくわからない。が、この世には家へ帰りたくない連中がふえたのだろう。そういっている客もいた。ぼくもそのひとりであった。

自分ではホームレスだといっていた中西啓子に出あったのもこの店だった。(『醍醐の櫻』より「高瀬川・春」水上勉著、新潮社)

ホームレスが読む本のことを考えながら、水上勉さんの新作を読んでいたらいきなり「ホームレス」という言葉にぶつかり、もしかしたらいいヒントがあるかもと思った。

この小説で「夜行性俳徊老人」の「ぼく」が会う「ホームレス」の女は焼きものの研修で行ったタイから帰ると夫を寝とられていたのがわかり、家にいられなくて呑んでいた。「ホームレス」の初日だったのだ。中西啓子は「ぼく」と親しくなり、「ぼく」が借りているマンションまで行くが夜中にいなくなってしまう。もちろん、彼女は「予備軍」ではあってもほんもののホームレスになることはないだろう。それにしても、小説の登場人物にはこういう「予備軍」が多い。ほんものの方は本は読まないが「予備軍」の方は、ふつうの人以上に本を読むような気がするんだけど。そんなことを考えながら、ぼくは水上さんの本をうっとりと読んでいたのだった。

【この書評が収録されている書籍】
いざとなりゃ本ぐらい読むわよ / 高橋 源一郎
いざとなりゃ本ぐらい読むわよ
  • 著者:高橋 源一郎
  • 出版社:朝日新聞社
  • 装丁:単行本(253ページ)
  • 発売日:1997-10-00
  • ISBN-13:978-4022571922
内容紹介:
どんな本にも謎がある。世界一の文学探偵タカハシさんが読み解く本の事件簿、遂に登場。

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あなたがホームレスになる日―平成大不況の恐怖 急増する路上生活者の実態レポート / 森川 直樹
あなたがホームレスになる日―平成大不況の恐怖 急増する路上生活者の実態レポート
  • 著者:森川 直樹
  • 出版社:サンドケー出版局
  • 装丁:単行本(237ページ)
  • ISBN-10:491493812X
  • ISBN-13:978-4914938123
内容紹介:
新都心・新宿の年の暮れ。段ボールを連ねて路上に暮らす人たち。急増したホームレスのほとんどは平成不況の犠牲者たちだ。本書は数カ月にわたる彼らとの直接取材により、その過程をレポートした。

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初出メディア

週刊朝日

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