書評

『愁月記』(新潮社)

  • 2017/09/21
愁月記  / 三浦 哲郎
愁月記
  • 著者:三浦 哲郎
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(232ページ)
  • ISBN-10:410113510X
  • ISBN-13:978-4101135106
内容紹介:
一家の暗い宿命を負って生きた母が、九十一歳で長かった辛い人生を終えようとしている。その死の前後を静謐な文章で淡々と綴った母への絶唱「愁月記」ほか、久しぶりに肉親たちや著者自身に関わる作品ばかりで編む待望の短篇集。収録作七篇は、それぞれ『忍ぶ川』『白夜を旅する人々』など、著者自らの運命の系譜を辿る諸作に連なるもので、短篇の名手が遺憾なく真骨頂を発揮する。
皆で楽しく食事をしている時、年老いた母親が突然泣きだす。その光景から、主人公は泣く大人をはじめて見て、未知の人生の前に立竦んだ記憶をよび戻す。母親がなぜ泣いたのかは書かれていない。つらかった過去と現在の幸福とを対比させて、感極(きわま)ったのかもしれない。「年をとると涙もろくなって」とあやまる言葉にはそんな気配もある。あるいは些細なことから悲しい記憶が戻ってきたのかもしれない。

この冒頭の挿話は、主人公の家族が深い淵のへりを歩いて今日まで来たことを暗示している。その淵とは、作者が五年前『白夜を旅する人々』で描いた一族の歴史であろう。その意味で、この短篇集(十二月、新潮社刊)は、作者の生涯の主題の周辺に鏤(ちりば)められた七つの星と言うことができる。
 
母親の最後を看取るために郷里に急ぐ車中で、「私」はすこし歪んだ赤い月が「ぬっ」と現われるのを見る(「愁月記」)。それ以後、月はしばしば母親の命運の象徴として登場する。

ここには花鳥風月への同化という美意識があるが、作者の抒情の質は、いわゆる短歌的抒情とは異質なものだ。それは、作者が、過度の思い入れを避けている、というようなことではない。根本的な文体の問題がありそうである。

明治以後の文学のなかで「日本的抒情」と言われてきたものは、卑弱な自我を定立させた上で、その自我が権力とか、家とか前近代的なものに敗北し、結果として自然のたたずまいに身を寄せてゆくという、いわば敗者のカタルシスに基礎を持っていた。日本浪漫派はその典型であった。しかし三浦氏の美意識は自然との共生感覚のうちに成立しており、卑弱で観念的な自我のかわりに、大らかな主体が呼吸しているのである。このことは、「夜話」で語られている飼犬にまつわる話にも見られるように、作者の生活領域には狐や狸や野鼠をはじめ、鳥たちも仲間の一員として登場してくるところにも見ることができる。死んだ飼犬の霊も、家族のなかに留っている気配である。したがって、初期の浪漫主義から日本的自然主義へと移っていった我が国の近代文学を分析する手法では、三浦氏の文学を解読できないのではないか。

少くとも、作品に登場する人達と自然、あるいは環境とのあいだには、対立という構図はない。ないからこそ、宿命の厳しさは、決して「おしん」のような物語りにはならず、人間存在の哀しさ、矛盾、果敢(はか)なさと勁(つよ)さを適確に描き出して読者に迫るのである。この基本的な性格は「忍ぶ川」におて既に現れていた特徴であったように思われる。文体とは、まさしく作家の世界認識であり、美意識であるとすれば、彼の作品の受容のためには、胸中に静かに成立している共生的な世界を明確にしておく必要がありそうに思われる。

この作者の美意識は、「ヒカダの記憶」では北国の生活のしるしとも言うべき「脛に浮んだ茶色の模様=ビカダ」を見るだけで、それが母親だと分る、という叙述になり、「からかさ譚」では、からかさの油紙の匂から、郷里の大人の背中を想起する展開となる。この傘を選ぶ時、主人公はこれを使うであろう姉が色素のない体質に生れついているのを考えて色を決めるのだが、作者が近代主義的な文体から脱け出ているが故に、そのような暖かな心の動きを、読者はそのまま肯定してゆくことができるのである。三浦氏の文学が古風になりがちな素材を扱って現代的である理由は、この文体に原因があると思われる。

「海峡」は、連絡船から入水した姉の行方を、五十年近く後に探しに行く話である。ここでも、主人公は明滅する海の漁火を眺めながら、姉の霊と自分との共生感を味うのである。主人公が恐山のイタコに頼んで、姉の霊を呼び出してもらう話も、ごく自然の営みとして読者は理解することができる。

最後の「病舎まで」では、数年前に母親を送った主人公が、重病に見舞われるのだが、これもこの短篇集を読んでくると自然の巡りゆきのなかのひとつに思われるのである。作者は「居酒屋にて」のなかで、燃えつきる寸前の生命力の証しとして、看護婦の乳房に触(さわ)ろうとする患者の話を書いて、前もって男の生命力の哀しさにも踏込んでいる。

「病舎まで」で、主人公は家族の病歴を書込む段になって、昔、入社試験の身上調書で同じ戸惑いを感じたのを思い出す。文学でなければ決して表現し得ないし、表現してはならないことをデータに組込もうとする社会の制度に対して、主人公は胸中で叫ばずにはいられないのだ。ここには、作者の共生感覚をさらにその奥で支えている深淵がある。こう見てくると、この短篇集は、まさに作者の生涯の主題のまわりに鏤められた星としての輝きを一層増してくるように思われる。

【この書評が収録されている書籍】
辻井喬書評集 かたわらには、いつも本 / 辻井喬
辻井喬書評集 かたわらには、いつも本
  • 著者:辻井喬
  • 出版社:勉誠出版
  • 装丁:単行本(256ページ)
  • 発売日:2009-07-21
  • ISBN-10:4585055010
  • ISBN-13:978-4585055013
内容紹介:
作家・辻井喬の読んだ国内外あらゆるジャンルの書籍を紹介する充実のブックガイド。練達の読み手がさそう至福の読書案内。

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愁月記  / 三浦 哲郎
愁月記
  • 著者:三浦 哲郎
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(232ページ)
  • ISBN-10:410113510X
  • ISBN-13:978-4101135106
内容紹介:
一家の暗い宿命を負って生きた母が、九十一歳で長かった辛い人生を終えようとしている。その死の前後を静謐な文章で淡々と綴った母への絶唱「愁月記」ほか、久しぶりに肉親たちや著者自身に関わる作品ばかりで編む待望の短篇集。収録作七篇は、それぞれ『忍ぶ川』『白夜を旅する人々』など、著者自らの運命の系譜を辿る諸作に連なるもので、短篇の名手が遺憾なく真骨頂を発揮する。

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初出メディア

波

波 1989年12月

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