書評
『あんぱんまん』(フレーベル館)
うすいピンクのボウケンジャー
テレビの人気者というのは、不思議なことに、まだテレビを見ていない子どもにも人気がある。アンパンマンとかドラえもんとかトーマスとか(そういえば、みんな顔がまんまるだ)、絵を見るだけで反応し、喜ぶ子が多いようだ。息子は、アンパンマンが大好きで、マグカップやカスタネットなど、アンパンマンの絵がついているものを愛用している。今ではビデオも見ているが、一歳のとき、はじめに買ったのは『あんぱんまん』という絵本だった(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2006年)。
一九七六年の初版で、平仮名の「あんぱんまん」だ。ジャムおじさんも登場するけれど、その名前はまだない。困っている人を助けるために、自分の顔を食べてもいいと差し出す、ぼろぼろマントの正義の味方。『幸福の王子』を思わせる自己犠牲の精神が、胸を打つ。それでいて、どこか呑気(のんき)な愛嬌(あいきょう)があって、王子ほど悲壮でないのがいい。あとがきで作者のやなせたかしさんが「さて、こんな、あんぱんまんを子どもたちは、好きになってくれるでしょうか。それとも、やはり、テレビの人気者のほうがいいですか」と書いておられるのが印象的だ。つまり、アンチだったアンパンマンが、今ではそのテレビの人気者になっている。
怪獣(かいじゅう)と戦ったりするヒーローものは、まだ早いかと思っていたが、幼児雑誌で知った「轟轟(ごうごう)戦隊ボウケンジャー」にも、息子は夢中になった。本に出てくる乗り物の名前と性能は、すべて丸暗記している。「ゴーゴーマリン、ピンクが乗るビークル。ふかいうみのなかでもへいき」……将来まったく役に立ちそうにない知識だけれど、丸暗記という経験は大事かなとも思う。
ボウケンジャーは現在六人で、レッド、ブルー、ブラック、ピンク、イエロー、シルバーがいる。「何色になりたい?」と聞くと「ボウケングリーン!」と言う。緑色のスーツを着たボウケンジャーはまだいないので、そこを狙おうと考えたらしい。私の弟が子どものころは、ゴレンジャーというのがあって、弟はリーダーの赤レンジャーになりたがったものだ。同じ子どもでも、発想のしかたが違うのが、おもしろい。
夏風邪をひいたときには「やっぱりボウケングリーンになるのはやめる。たたかうとつかれるから」と弱気になっていたが、やや回復してくると、今度は別のことを言い出した。
「あのね、うすいピンクになることにした!」
「うすいピンク?」
「それでね、ボウケンピンクのゴーゴーマリンに乗せてもらうの」
つまり戦うのはいやだけど、乗り物には乗りたいということらしい、ボウケンピンクというのは、可愛くてカッコイイ女の子。なんだか情けないような気もするが、小さな脳みそで一所懸命考えた結果だ。自分なりの答えを見つけたのだから、よしとしようか。
【この書評が収録されている書籍】
朝日新聞 2006年8月23日
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