書評

『幻の黒船カレーを追え』(小学館)

  • 2017/10/02
幻の黒船カレーを追え / 水野 仁輔
幻の黒船カレーを追え
  • 著者:水野 仁輔
  • 出版社:小学館
  • 装丁:単行本(269ページ)
  • 発売日:2017-08-08
  • ISBN-10:4093885699
  • ISBN-13:978-4093885690
内容紹介:
カレーライスのルーツを探りにヨーロッパへ 幕末に日本に上陸したといわれるカレー。それは一体どこから来たのか、そしてその味はどんなものだったのか?40冊以上のレシピ本を上梓し、カレ… もっと読む
カレーライスのルーツを探りにヨーロッパへ

幕末に日本に上陸したといわれるカレー。それは一体どこから来たのか、そしてその味はどんなものだったのか?40冊以上のレシピ本を上梓し、カレー研究家として絶大な人気を誇る著者。その著者が、長年に渡って疑問に抱いていたカレーライスのルーツを追跡する旅に出た。黒船が寄港した横須賀、舞鶴、函館、呉、長崎の港町へ。そして、海を渡りイギリス・ロンドン、フランス、ドイツ、アイルランド……。国内外を4年間かけて徹底取材。150年前に日本に上陸したカレーのルーツは果たしてどこに?取材を続けるうちに、妻と3人の子供を抱えた著者の人生も激変……。前代未聞の熱くて笑えるエンタメノンフィクション!
町のそば屋で初めてカレー南蛮に遭遇したときの衝撃は、何十年経(た)っても忘れられない。うどん、そばにもわざわざカレー、でもうまい。日本人のカレーへの愛着は、どこか執念めいてもいる。その理由のひとつを、私は「白米をおいしく食べられるから」と考えているのだが、いっぽう、カレーという存在に無限の可能性を見いだし、独自の文化に育んできたのも日本人である。

著者もまたそのひとりだ。1974年生まれ、99年、出張料理集団「東京カリ~番長」を結成。カレーに関する書籍を四十冊以上刊行しているカレー研究家。カレーの三文字があるところ、そこには必ず「水野仁輔(じんすけ)」の名前が見つかる。無類のカレー愛とともに実践を続けてきた著者が、幻の「黒船カレー」を探す旅に出たと聞いて、読まずにはおられない。

「黒船カレー」とは、1853年の黒船来航による開国を契機に、イギリスからもたらされたカレーのこと。日本のカレーの父というべき存在だ。著者は、文献の記述に従って当時のカレーを再現してみたものの、その全貌は謎のまま。業を煮やし、日本各地十カ所の港町を巡ってみるのだが、やはりこれといった成果は掴(つか)めない。しかし、徒労感が情熱に火をつけた。国内にいては「黒船カレー」に出会えない、イギリスに行かなければ。そして2013年、三カ月の猶予期間を妻に約束し、単身ロンドンに旅立つ。

本書は、カレーに魅せられた男のビルドゥングスロマンだ。これまで会社員とカレー研究を両立させてきたけれど、どうやら人生の新たな扉を自分の手で押すときがやってきた。三十代最後の年、妻子を日本に置いたままイギリスをはじめヨーロッパ徘徊(はいかい)。来る日も来る日も自分の求める「黒船カレー」を追いかけて食べ続ける姿は、幻を追う夢遊病者のようにも映るが、あせりを凌駕(りょうが)する多幸感に読者は引き込まれてゆく。

情報収集の迷路でもがき、カレーという混沌(こんとん)のなかであっぷあっぷする実直な姿。著者は、こう率直に吐露している。

カレーは僕に生きる意味を授けてくれた料理なんだと思う

カレーに一蓮托生(いちれんたくしょう)、新たな四十代を掴もうとする手つきが好もしい。と同時に、知れば知るほど次の物語を用意するカレーという食べ物の底なし沼に、あらためて驚かされる。

もちろん、腹の虫が騒ぐ垂涎(すいぜん)の味の発見のオンパレード。ロンドンのパブで、ギネスを片手に食べるチキンティッカカレー。有名レストランで衝撃を受けるモダンインディアン料理。フィッシュ&チップスをどっぷり浸すカレーソース。パリの街角のスパイスショップ。ドイツのソーセージ屋台に漂うカレー粉の香り。スイスの生クリームとフレッシュなフルーツのカレーでさえ、彼の地に根づいたオリジナルな味を体験したくなる。深く、浅く、カレーはそれぞれの異文化にツメ痕を残しているという事実の数々。

「黒船カレー」に、いつどこで遭遇するのか。大英図書館で掘り起こしたカレーを巡るレシピ本の真実とは? さんざん遠回りしたからこその、発見の喜び。嘆息や徒労感、苦い思いもまた人生に芳しいスパイスをふりかける。カレーの香り渦巻く後半生に、エールを送りたくなる一冊だ。
幻の黒船カレーを追え / 水野 仁輔
幻の黒船カレーを追え
  • 著者:水野 仁輔
  • 出版社:小学館
  • 装丁:単行本(269ページ)
  • 発売日:2017-08-08
  • ISBN-10:4093885699
  • ISBN-13:978-4093885690
内容紹介:
カレーライスのルーツを探りにヨーロッパへ 幕末に日本に上陸したといわれるカレー。それは一体どこから来たのか、そしてその味はどんなものだったのか?40冊以上のレシピ本を上梓し、カレ… もっと読む
カレーライスのルーツを探りにヨーロッパへ

幕末に日本に上陸したといわれるカレー。それは一体どこから来たのか、そしてその味はどんなものだったのか?40冊以上のレシピ本を上梓し、カレー研究家として絶大な人気を誇る著者。その著者が、長年に渡って疑問に抱いていたカレーライスのルーツを追跡する旅に出た。黒船が寄港した横須賀、舞鶴、函館、呉、長崎の港町へ。そして、海を渡りイギリス・ロンドン、フランス、ドイツ、アイルランド……。国内外を4年間かけて徹底取材。150年前に日本に上陸したカレーのルーツは果たしてどこに?取材を続けるうちに、妻と3人の子供を抱えた著者の人生も激変……。前代未聞の熱くて笑えるエンタメノンフィクション!

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初出メディア

サンデー毎日

サンデー毎日 2017年9月13日

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