書評

『語りかける花』(人文書院)

  • 2017/10/08
語りかける花 / 志村 ふくみ
語りかける花
  • 著者:志村 ふくみ
  • 出版社:人文書院
  • 装丁:ハードカバー(239ページ)
  • 発売日:1992-09-01
  • ISBN-10:4409160583
  • ISBN-13:978-4409160589
内容紹介:
染織家で人間国宝の著者の、『一色一生』に続く、第二随筆集。自らの道を歩む中で、折にふれ、山かげの道で語りかけてくる草や花。その草木たちから賜る無限の色。その色を吸い込む糸。それを織ってゆく思い。染織の道を歩むものとして、ものに触れ、ものの奥に入って見届けようという意志と、志を同じくする表現者たちへの思いを綴る。日本エッセイスト・クラブ賞受賞作品。

文学の未来はおばあさんたちのものか

まず『崩れ』(講談社)で、それから『木』(新潮社)、そして『台所のおと』(講談社)に『きもの』(新潮社)とこの順番で幸田文を読み、とうとう「幸田文症候群」(幸田文の作品をもっと読みたくなる病気。症状としては、本屋を探しまわって僅かに残っている単行本や文庫の『闘』や『流れる』を買って読むが、それでも飽きたらず幸田文全集はないかと神田まで出かけてしまうことが多い。ただし、幸田文が見つからない時には父親の幸田露伴で我慢する場合もある)にかかってしまったのはぼくだけじゃないだろう。何年も前に死んだおばあさんとしては異例のもてかただなあ、と思ってたら森茉莉の作品集も売れてるっていうじゃないか。ああ、それに惜しまれつつ亡くなった武田百合子も。

崩れ  / 幸田 文
崩れ
  • 著者:幸田 文
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(206ページ)
  • 発売日:1994-10-05
  • ISBN-10:4061857886
  • ISBN-13:978-4061857889
内容紹介:
山の崩れの愁いと淋しさ、川の荒れの哀しさは捨てようとして捨てられず、いとおしくさえ思いはじめて…老いて一つの種の芽吹いたままに、訊ね歩いた"崩れ"。桜島、有珠山、常願寺川…瑞々しい感性が捉えた荒廃の山河は切なく胸に迫る。自然の崩壊に己の老いを重ね、生あるものの哀しみを見つめた名編。

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木 / 幸田 文
  • 著者:幸田 文
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(172ページ)
  • 発売日:1995-11-30
  • ISBN-10:4101116075
  • ISBN-13:978-4101116075
内容紹介:
「樹木に逢い、樹木から感動をもらいたいと願って」北は北海道、南は屋久島まで、歴訪した木々との交流の記。木の運命、木の生命に限りない思いを馳せる著者の眼は、木をやさしく見つめ、その本質のなかに人間の業、生死の究極のかたちまでを見る。生命の根源に迫るエッセイ。

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台所のおと  / 幸田 文
台所のおと
  • 著者:幸田 文
  • 出版社:講談社
  • 装丁:文庫(298ページ)
  • 発売日:1995-08-02
  • ISBN-10:4062630273
  • ISBN-13:978-4062630276
内容紹介:
女はそれぞれ音をもってるけど、いいか、角だつな。さわやかでおとなしいのがおまえの音だ。料理人の佐吉は病床で聞く妻の庖丁の音が微妙に変ったことに気付く…音に絡み合う女と男の心の綾を小気味よく描く表題作。他「雪もち」「食欲」「祝辞」など十編。五感を鋭く研ぎ澄ませた感性が紡ぎ出す幸田文の世界。

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きもの / 幸田 文
きもの
  • 著者:幸田 文
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(368ページ)
  • 発売日:1996-11-29
  • ISBN-10:4101116083
  • ISBN-13:978-4101116082
内容紹介:
明治時代の終りに東京の下町に生れたるつ子は、あくまできものの着心地にこだわる利かん気の少女。よき相談役の祖母に助けられ、たしなみや人付き合いの心得といった暮らしの中のきまりを、“着る”ということから学んでゆく。現実的で生活に即した祖母の知恵は、関東大震災に遭っていよいよ重みを増す。大正期の女の半生をきものに寄せて描いた自伝的作品。著者最後の長編小説。

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きんさんぎんさんじゃないけど、おばあさんたちは元気だし、ボケにくいし、ぼくたちの知らないことをたくさん知っているから(それに比べるとおじいさんは、本の知識はあるけれど、それ以外の知識は乏しいんだな)面白いんじゃないだろうか。とはいっても、おばあさんたちにも欠点はあって、それは余命がやや短いことで、これさえなけりゃ最高なんだがねえ。

とにかく、亡くなったら新作は出ないし(幸田文は例外だけど)、こちらとしても「新しいおばあさん」を発掘しなきゃならない。もちろん、白洲正子はポピュラーだけど、芸術派おばあさんの代表だし、『手縫いの旅』(新潮社)の森南海子みたいな渋い生活派おばあさんもいる。でも、生活と芸術が一致しているのなら志村ふくみということになるだろうか。

手縫いの旅 / 森 南海子
手縫いの旅
  • 著者:森 南海子
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(174ページ)
  • 発売日:1993-05-01
  • ISBN-10:4103923016
  • ISBN-13:978-4103923015
内容紹介:
角巻き、ねんねこ、合羽、ちゃんちゃんこ、割ぽう着、紙布、裂織…。今は消えつつある、かつての衣の主役たちを各地に尋ね、その現代への再生をはかる。刺し子や千人針の針目に女たちの暮らしの… もっと読む
角巻き、ねんねこ、合羽、ちゃんちゃんこ、割ぽう着、紙布、裂織…。今は消えつつある、かつての衣の主役たちを各地に尋ね、その現代への再生をはかる。刺し子や千人針の針目に女たちの暮らしの跡を偲び、さらには高齢化社会にそなえ、いかに老いを飾るかをこまやかに考える。十代から手縫いの仕事を志し、リフォームを手がけてきた服飾デザイナーの著者が海外取材も含めて、しなやかな筆とたしかな目で綴る針と糸と布をめぐる旅。

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志村ふくみは染織家で、重要無形文化財保持者で、しかも筆も立つ。

どんなことを書いているんだろうか。それは読めばわかるんだが、たとえばこの部分なんかは、志村さんのあるエッセンスを書いているように見えるんだな。

最後に西岡さんは薬師寺金堂の復興に際し、木を買わず、山を買うべく、台湾に出向き、原生林に入って、高所に点在する檜を双眼鏡でみると、青々した若葉をつけているものと、枯死寸前というようなのがある。西岡さんは後者を選んだという。現地の人は危ぶんだが、検査してみると前者は中が空洞で使いものにならず、後者は心材がきっちりつまっていたという。心材が腐って空洞化すると木質部を養う必要がなくなり、その分、枝葉に養分がゆきわたり、若々しい葉をつけるという(『語りかける花』、人文書院)

それから、こんなところも。

「さっとやっておけ」とは幸田露伴が娘の文さんにいわれた言葉だそうだが、花をいじくるのがきらいで、正月の花でさえ、水仙を二、三輪、さっとやっておけというのだそうだ。活けようとする花を四、五本、そっとひと握りして下向きにさげてみれば、花はめいめい好きなようにより添ったり、はなれたりして、いい形をつくり一瓶の中におさまる。花の好んでつくる形に従って自分の作意をもとうとするな、と伝授されたと文さんは書いている(同)

ここにも幸田文が出現してしまった。ぼくたちは幸田文を面白いと思うが、志村さんは幸田文を「あっ、わたしと同じだ」と思ってこう書いたのだ。じゃあ『語りかける花』の中には何が書いてあるのかというのは自分で読んで確かめてください。ああ、それから、同じおばあさんでも幸田文や森茉莉と白洲正子や志村ふくみの間にはある微妙な違いがあって、不思議なことに後者の方が「芸術的」なのだけれど、その理由についてはまたいつか。

【この書評が収録されている書籍】
いざとなりゃ本ぐらい読むわよ / 高橋 源一郎
いざとなりゃ本ぐらい読むわよ
  • 著者:高橋 源一郎
  • 出版社:朝日新聞社
  • 装丁:単行本(253ページ)
  • 発売日:1997-10-00
  • ISBN-13:978-4022571922
内容紹介:
どんな本にも謎がある。世界一の文学探偵タカハシさんが読み解く本の事件簿、遂に登場。

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語りかける花 / 志村 ふくみ
語りかける花
  • 著者:志村 ふくみ
  • 出版社:人文書院
  • 装丁:ハードカバー(239ページ)
  • 発売日:1992-09-01
  • ISBN-10:4409160583
  • ISBN-13:978-4409160589
内容紹介:
染織家で人間国宝の著者の、『一色一生』に続く、第二随筆集。自らの道を歩む中で、折にふれ、山かげの道で語りかけてくる草や花。その草木たちから賜る無限の色。その色を吸い込む糸。それを織ってゆく思い。染織の道を歩むものとして、ものに触れ、ものの奥に入って見届けようという意志と、志を同じくする表現者たちへの思いを綴る。日本エッセイスト・クラブ賞受賞作品。

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初出メディア

週刊朝日

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