書評

『わが心の有本芳水』(六興出版)

  • 2017/10/29
わが心の有本芳水 / 後藤 茂
わが心の有本芳水
  • 著者:後藤 茂
  • 出版社:六興出版
  • 装丁:単行本(293ページ)
  • ISBN:4845371871
明治から大正にかけて雑誌「日本少年」に発表された有本芳水の詩は、全国の少年の心を熱く揺さぶった。そのなかには、中野重治、池田亀鑑、江戸川乱歩、寿岳文章、清水幾太郎……など、後にさまざまな分野で活躍する少年たちも、多く含まれていた。それぞれが芳水の詩に心酔した思い出を語る文章からは、当時の少年たちの高揚した気分が、よく伝わってくる。大正三年に出版された『芳水詩集』は争って買われ、当時三百版を重ねた。

芳水詩集―少年少女詩集  / 有本 芳水
芳水詩集―少年少女詩集
  • 著者:有本 芳水
  • 出版社:実業之日本社
  • 装丁:-(308ページ)
  • ASIN: B000JAORLO

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これほど活躍した詩人が、現在ほとんど知られていないのは何故だろうか、と素朴に思う。芳水の人と作品を、伝記的に綴った本書の最後で、著者も同じことをつぶやいていた。

「……詩人有本芳水は、文壇、詩壇から遠くはなれている。少年詩は、芸術的価値が低いというのだろうか。七五調の抒情の韻律は、所詮甘いというのだろうか。私の、いまも消えない疑問である」と。

少年少女向けの仕事というのは、きちんと評価されないまま、時代の忘れ物になってしまうことが、多いのかもしれない。その意味で本書は、詩人有本芳水を掘り起こした、意義のある一冊だと言えるだろう。

著者は、芳水と同じ兵庫県の生まれである。郷土の文学者について地元の研究者が語る場合、理屈ぬきの身びいきに辟易させられることが、しばしばある。タイトルの「わが心の」という文字を見たときには、正直言ってイヤな予感がした。が、本書は、むしろ淡々とした客観的な語り口だ。かえってそこに深い愛情が感じられ、気持ちよく読める。

もう一つ、見逃せない魅力がある。それは、芳水が生きた時代の文学界の雰囲気が、実によくわかることだ。

島崎藤村の『若菜集』や薄田泣菫の『暮笛集』に心を震わせた少年時代。「明星」の誌友会に出席したり、同人誌を作ったり、「文庫」に投稿したりした中学時代。早稲田大学では、北原白秋、若山牧水、飯田蛇笏、土岐善麿らと親しく交わり、河井酔茗の詩草社に参加した。実業之日本社に勤めてからは、与謝野晶子の評論の才能を引き出したり、竹久夢二に絵や詩を依頼したりして、彼は編集者としての才覚も見せる。

芳水像を浮かびあがらせるために、丹念に描かれたさまざまな人間関係。それがはからずも、生きた文学史となっているのである。

藤村詩集  / 島崎 藤村
藤村詩集
  • 著者:島崎 藤村
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(236ページ)
  • 発売日:1968-02-13
  • ISBN:4101055165

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【この書評が収録されている書籍】
本をよむ日曜日 / 俵 万智
本をよむ日曜日
  • 著者:俵 万智
  • 出版社:河出書房新社
  • 装丁:単行本(205ページ)
  • ISBN:4309009719
内容紹介:
きょうの予定…一日読書。切ない本、わくわくする本、やさしい気持になれる本 実は楽しい古典から、話題のベストセラーまで「ねぇ、これおもしろかったから読んでみて。」。

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わが心の有本芳水 / 後藤 茂
わが心の有本芳水
  • 著者:後藤 茂
  • 出版社:六興出版
  • 装丁:単行本(293ページ)
  • ISBN:4845371871

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初出メディア

朝日新聞

朝日新聞

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