書評

『アメリカの詩を読む』(岩波書店)

  • 2017/10/14
アメリカの詩を読む / 川本 皓嗣
アメリカの詩を読む
  • 著者:川本 皓嗣
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(604ページ)
  • 発売日:1998-12-18
  • ISBN-10:4000042459
  • ISBN-13:978-4000042451
内容紹介:
英語の詩を読むのに必要な基本的な事項をわかりやすく説明しながら、ポーやロングフェローなどの名詩19編を読み解く。比較文学の方法を駆使して、アメリカ独特の詩の流れをダイナミックにとらえた入門書。
著者はかつて英詩を読むときに、こんな本があればいいなと思った。誰も書かなかったから、ついに自ら筆をとることにした。おかげで、われわれは「英詩を隅々まですべてわからせてくれる」本を手にすることができた。本好きの人々にとって誠にうれしいことである。

英詩とはいっても書名でわかるように、取り上げられたのはアメリカの詩である。時系列に平板に紹介するのではなく、もっとも代表的な詩作を何編かじっくり精読する構成になっている。「代表的」とはたんに文学史的な意味にかぎらず、英詩を理解する上で役に立つかどうかも考慮されている。この一冊をよく咀噛(そしゃく)し、十分消化すれば、ほかのアメリカ詩にもおのずと通ずる、というのがねらいである。

その結果、十四人のアメリカ詩人の、十九の作品が選ばれた。二十世紀の代表的な詩人エズラ・パウンドやT・S・エリオットはもちろん、十九世紀のエドガー・アラン・ポー、ヘンリー・ウォズワース・ロングフェローから、現在まだ活躍中のゲリー・スナイダー、ジョン・アシュベリーまで各時代の詩人の、多様多彩な作品も取り上げられている。

岩波市民セミナーでの講義をもとにまとめられた入門書だけに語り口は平明である。難しい文学用語がまったくないわけではない。ただ、それが出る度に言葉の由来や使用法について丁寧な説明が行われている。英語の原詩は訳をつけて引用され、評釈は原語の意味を解くところからはじまる。アメリカ文学について深い涵養(かんよう)がなくても興味深く読める。

英詩の面白さを示すために、章立てに工夫がなされている。十九世紀のアメリカ詩を取り上げた第一講「ロマン派の名手たち」では、定型詩の構成や修辞法、韻律の仕組みなどについて初歩からの手解(てほど)きが行われている。そうした知識はポーやロングフェローを読むのに必要なだけではない。やや古い時代のイギリスの詩を読む上でも、さらには二十世紀に書かれた自由詩を理解するためにも、不可欠な前提となる。

第三講「モダニズムへの道」も同じである。T・S・エリオットをはじめ、いわゆるモダニズムを紹介するまえに、T・E・ヒュームやエズラ・パウンドらのイマジズムを詳しく分析するのは初心者にとってうれしい心配りである。

一般書とはいえ、詩論としての質の高さは争う余地はない。もともと著者は知る人ぞ知る詩歌批評の名手である。前著『日本詩歌の伝統 七と五の詩学』(岩波書店)での、三夕の歌二新古今集』)についてのスリリングで手際よい解読は高い評価を得ている。今回は入門書という性格上、学術性よりもわかりやすさに重点がおかれている。とはいえ、該博な知識に裏打ちされた緻密な批評はあいかわらず新鮮で魅力的である。

なによりも丁寧で、痒いところに手が届くような解釈がありがたい。英詩を読むときに誰もが感じる疑問に詳細に、かつわかりやすく答えてくれる。エミリー・ディキンソンの詩にはなぜ文卯法的にまちがった表現があるか、カミングズの作品はなぜ定冠詞や接続詞だけでも一行として成り立つのか、しかもどうしてそれが評価されたのか、そうした疑問は大小をとわず、すべて予見されている。また、読者が気付かず、つい読み過ごしてしまいそうなところも、「本来こんな表現はおかしい」と指摘した上、その理由を明らかにする。文字通り手取り足取りの入門案内である。

作品評釈のなかでそれとなく専門知識に触れるのも本書の長所である。『草の葉』のリズムは『聖書』の流れを汲む「並行法」に由来すると指摘し、ディキンソンがシンプルな日常言語を好んで使うことの背後には、英語の発達史と関係があると論じるのはいずれも正確な作品理解に欠かせないポイントである。西洋の詩は伝統的に音声第一主義で、それゆえに見た目の面白さを重視する「視覚詩」や「図形詩」が前衛的な表現手段として用いられたという指摘や、アメリカの詩は強固な伝統がないことこそが、ただひとつの強固な伝統だ、といった見解にも大いに蒙を啓かれた。このようなはっとさせられた卓見は随所に見られる。

一篇の詩を読みながら、ひろく時代精神、文化背景との関係を読み解いてみせる手法は鮮やかである。アメリカの風土、イギリス文化とアメリカ文化の関係、英語におけるフランス語の影響、韻律やリズムのよりどころやその変遷など、およそ英詩を読むのに必要な知識を詩の評釈のなかに融合させた手腕は見事である。六百ページを超える大著だが、読んでいて、まったく退屈しない。文学批評の書物が多いとはいえ、これほどためになり、かつ読みやすくて楽しい本は少ない。

褒め過ぎだと思ったら、本屋で二、三分でも立ち読みをしてみてください。

【この書評が収録されている書籍】
本に寄り添う Cho Kyo's Book Reviews 1998-2010 / 張 競
本に寄り添う Cho Kyo's Book Reviews 1998-2010
  • 著者:張 競
  • 出版社:ピラールプレス
  • 装丁:単行本(408ページ)
  • 発売日:2011-05-28
  • ISBN-10:4861940249
  • ISBN-13:978-4861940248
内容紹介:
読み巧者の中国人比較文学者が、13年の間に書いた書評を集大成。中国関係の本はもとより、さまざまな分野の本を紹介・批評した、世界をもっと広げるための"知"の読書案内。

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アメリカの詩を読む / 川本 皓嗣
アメリカの詩を読む
  • 著者:川本 皓嗣
  • 出版社:岩波書店
  • 装丁:単行本(604ページ)
  • 発売日:1998-12-18
  • ISBN-10:4000042459
  • ISBN-13:978-4000042451
内容紹介:
英語の詩を読むのに必要な基本的な事項をわかりやすく説明しながら、ポーやロングフェローなどの名詩19編を読み解く。比較文学の方法を駆使して、アメリカ独特の詩の流れをダイナミックにとらえた入門書。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 1999年2月4日

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