書評

『まぶた』(新潮社)

  • 2017/10/14
まぶた / 小川 洋子
まぶた
  • 著者:小川 洋子
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(221ページ)
  • 発売日:2004-10-28
  • ISBN:4101215227
内容紹介:
15歳のわたしは、高級レストランの裏手で出会った中年男と、不釣合いな逢瀬を重ねている。男の部屋でいつも感じる奇妙な視線の持ち主は?──「まぶた」。母のお気に入りの弟は背泳ぎの強化選手だったが、ある日突然左腕が耳に沿って伸ばした格好で固まってしまった──「バックストローク」など、現実と悪夢の間を揺れ動く不思議なリアリティで、読者の心をつかんで離さない8編を収録。

命の芽のきざす場所

眼球の表面を乾燥やほこりや疵から保護するばかりでなく、視覚によって脳に送られる素材を一瞬のうちに取捨選択するシャッターと同等の機能を果たし、また必要なときには閉じたまま眠りを、場合によっては死をも準備してくれる薄い皮膜。すなわち、まぶた。小川洋子は、この薄い膜の開閉ひとつですべてが決まり、すべてが終わってしまうはかない劇を見つづけてきた書き手だが、まぶた、という言葉を作品集全体に冠したことによって、一篇一篇の切なさのかたちがより明確になったように思われる。

たとえば冒頭に収められた「飛行機で眠るのは難しい」の、フリーライターらしき「わたし」は、ウィーンへ取材に出かける機内で若い古書店主と隣り合わせ、その男から、以前おなじ路線のなかで出会ったオーストリア人の老女の話を聞かされる。彼女には日本人のペンフレンドがいて、三十年来手紙をやりとりしてきたその人物が亡くなったため、一大決心をしてはるばる日本まで弔問にやってきたのだという。しかしペンフレンドの家を訪ねてみると、姿形もふくめて、彼の話がなにからなにまで虚構であることが判明した。それでもずっと恋心を抱いてきた相手だから失望などしていない、と彼女は語るのだが、身の上話も一段落して、少し眠ろうという段になったところでとつぜん苦しみだし、男の腕のなかで息絶えてしまう。

現地での仕事を済ませたあと、ウィーンのフロイト博物館の裏手で布地屋を営んでいるとの話を思い出して、男は老女の店を訪ね歩いてみたのだが、ようやく探し当てたその場所は、お金のあるご婦人方が贔屓にしているといった話の印象と異なり、暗くて陰気なところだった。彼女もまた、虚構の世界を周囲につくりあげていたのである。それでも男は、ウインドーの下に花をそっと置いて帰ってくる。不思議なことに、「わたし」はそんな男の体験談を聞いたあと、関係が冷えかかっていた恋人に、無性に電話をしたくなってくる。気持ちが、上向きになってくる。

男の話を介して、「わたし」はなにか言葉で明示できない大切なものを伝えられたのだ。ペンフレンドという距離を前提としたつきあいが一方の死によって中断された瞬間、粉飾しつづけてきた日常が食い破られ、みずからも命を落とすことになった老女。彼女を偶然腕に受けとめた男の話から「わたし」が無意識のうちに汲みあげたものこそ、小川洋子の登場人物たちが例外なく求めてきた「小さな死の塊」であり、かすかな命の影だったのではないか。

影はいつも、博物館や記念館のように、命がいったん消され、消された状態であたらしい生が吹き込まれるのを物たちがじっと待っている空間に、生活の表通りではない世界に現われてくる。ある人にとっての不在がべつの人間にとっては貴重な再生への契機となることを、それらの影は、静かに示してくれるのだ。

パンエ場の裏手に畑を持っているという老婆から不思議な野菜の種をもらい、指示どおり水槽で育てていたら、その野菜が夜、奇妙なクリーム色の光を放つようになり、棄てるに棄てられず育て方を訊きに行ってみると、工場の裏手は駐車場で畑はどこにもなく、それらしい老婆もいなかった、と語られる「中国野菜の育て方」では、やはり女性の「わたし」が、夕方になって光りはじめたその野菜の水槽を、まるで骨壼のように、あるいはひとだまのように抱くことで、老婆が残した謎の光の受け渡しに参与する。その光の授受の瞬間に、それこそ「まばたき」の「あいだ」に、小川洋子は鋭く反応する。失われていく寸前のものと、生まれ落ちる寸前のものとを見分ける特異なまぶたで、彼女はその光を丁寧に追っていくのだ。

看板の朽ちかけた皮膚科と痴呆症の老人ばかりが学んでいるアコーディオン教室の「あいだ」に挟まれた冴えない料理教室では、肝心の料理と排水管につまっていたゴミや汚れを取り除くハウスクリーニングが同時進行し、嚥下と嘔吐が、生と死が、流し台のうえでいっぺんに執り行われる(「お料理教室」)。作家である「わたし」が取材に訪れたドイツの強制収容所の処刑場の入口には、看守人たちの家族が使っていた場ちがいなプールが掘られている(「バックストローク」)。初期の小川洋子の匂いをとどめた後者では、忌まわしい歴史の一端と平行して、背泳ぎの代表選手だった弟が、耳にぴたりとつけてまっすぐのばした格好のまま左腕が下がらなくなる奇病にかかり、泳ぎをあきらめるという挿話が語られる。そして、引きこもり生活をつづけていた彼の、ほかならぬその萎えた左腕が、自宅のプールで久しぶりに泳いだとき「わたし」の眼前でふいにもげる。水面に浮いて流れていくその腕と、それを掴もうとのばした「わたし」の腕の「あいだ」は、まばたきほどにも近く、また遠い。

特殊なまばたきは、つねになにかの「裏手」で起こる。博物館の裏、パンエ場の裏。この微妙な距離をとらえる「まぶた」の働きを知るには、やはり表題作を読むのがいいだろう。十五歳の「わたし」と、いつも背広を着ていて、どことなくこの世のひとではなさそうな男Nとのつきあいのはじまりも、町で最も美味なレストランの「裏手」だった。あるとき、ハムスターを飼っているNの部屋で、「わたし」は奇妙な視線を感じる。Nはそれがハムスターの視線だと断言する。「彼が見てるんだ。目の病気でまぶたを切り取ってしまったから、目を閉じることができないんだ」。閉じるための装置を奪われたハムスターは、見ることしかできない。無視という行為が不可能になる、途方もない逆説。

切り離されたまぶたは、銀色のトレイに載せられた。二つきちんと並んで。そう、病んで腐敗してゆく肉片には見えなかったよ。鼓動も温もりも、まだ失っていなかった。半透明の皮膚の向こうは桜色に染まって、少し潤んでいる。顔を近づけると、息でまつ毛が震える。ちょっと触れれば、恥ずかしそうにまばたきしそうだった

切除されてなお動きそうなハムスターのまぶたは、切り離されたままプールに浮いていた弟の左腕や、卵巣から生えた髪の毛で織った織物(「詩人の卵巣」)を呼び寄せながら、つねに外科医の冷静さをもって事物の裏表を観察し、その「あいだ」を選び取るだろう。しかし小川洋子のまぶたは、半透明の皮膚に宿った、ほのかにあたたかい「桜色」の痕跡を、八十歳の老人を背負って歩くときに感じる骨張った身体のぬくもりを(「リンデンバウム通りの双子」)、いわば死と引き替えでなければ得られない体温のありかを、はっきりとらえている。まぶたにこそ、命の芽がきざす、とでもいうかのように。

【この書評が収録されている書籍】
本の音 / 堀江 敏幸
本の音
  • 著者:堀江 敏幸
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:文庫(269ページ)
  • 発売日:2011-10-22
  • ISBN:4122055539
内容紹介:
愛と孤独について、言葉について、存在の意味について-本の音に耳を澄まし、本の中から世界を望む。小説、エッセイ、評論など、積みあげられた書物の山から見いだされた84冊。本への静かな愛にみちた書評集。

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まぶた / 小川 洋子
まぶた
  • 著者:小川 洋子
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(221ページ)
  • 発売日:2004-10-28
  • ISBN:4101215227
内容紹介:
15歳のわたしは、高級レストランの裏手で出会った中年男と、不釣合いな逢瀬を重ねている。男の部屋でいつも感じる奇妙な視線の持ち主は?──「まぶた」。母のお気に入りの弟は背泳ぎの強化選手だったが、ある日突然左腕が耳に沿って伸ばした格好で固まってしまった──「バックストローク」など、現実と悪夢の間を揺れ動く不思議なリアリティで、読者の心をつかんで離さない8編を収録。

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初出メディア

新潮

新潮 2001年5月

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