書評
『愛を返品した男 物語とその他の物語』(早川書房)
多彩な才能が生んだ底知れない面白さ
本書には、胸が震えるほど読み応えのある短編小説から、軽快で辛辣(しんらつ)なわずか2行のショートショートまで、SFもホラーもブラックジョークもコメディーも牧歌的な話まで、実にさまざまなタイプの作品が63編収められています。しかも一風変わったタイトルが並ぶ目次を見ているだけで、なぜかわくわくしてきます。「ロマンス、第一章」という作品を開いてみると――。
「あの可愛い子?」
「いや、そっちじゃない方」
「あー、あっちも可愛いよね」
という3行だけ。
あるいは、「新学期、学校に行く道すがら」という作品は――。
「夏が終わってしまって、悲しい。
でも俺が嫌いな奴らの夏もまた終わったというのが、なぐさめだ」
これでニヤリとしてしまう人、あるいは図らずも哄笑(こうしよう)してしまう人は、本書を迷わず買うべきです。
中には詩情を排したブローティガンのような深い味わいの作品もあります。別れた男に復讐(ふくしゆう)する「決着」には、ぞっとしつつも快哉(かいさい)を叫んでしまう人もきっといることでしょう。
とはいえやはり原題「ONE MORE THING」と関わりが深く、一種の不条理な愛情論となっている「ソフィア」と、痛烈な皮肉と言葉にまつわる風刺を利かせた「J・C・オーディタットの新訳版『ドン・キホーテ』」が秀逸です。後者は詩人が、ひょんなことから『ドン・キホーテ』や『失われた時を求めて』を訳したら人気翻訳家になってしまい、スペイン語もフランス語もわかるともてはやされたのはいいのですが、実は……。このひねりの利き方は見事です。
俳優、コメディアン、脚本家と多彩な才能の持ち主の著者ですが、アメリカの底知れない面白さを教えてくれる貴重な作家です。