書評

『美男へのレッスン』(中央公論新社)

  • 2017/11/22
美男へのレッスン 上巻  / 橋本 治
美男へのレッスン 上巻
  • 著者:橋本 治
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:文庫(347ページ)
  • 発売日:2011-05-21
  • ISBN-10:4122054893
  • ISBN-13:978-4122054899

「論理の鉄人」橋本治にノーベル賞は似合わない

大江健三郎さんの記念講演集『あいまいな日本の私』(岩波新書)を読んでいたら、こんな箇所にぶつかった。もちろん、ノーベル賞受賞が決まった後の話である。

光は、花束についていたカードと電報を全部まとめています。そしてこういうことをいいました。

「パパは、学者の方にお祝いをいっていただきました。パパは作家の方にも喜んでいただきました。しかしパパのことは、芸能界で喜ばれてはいないかな。」(笑)

そこで、電報の新しい束が来るたびに、その方面のを心待ちするうち、ついに林家こぶ平さんのものを発見したのです(笑)。それは、「先生、僕はうれしい」という文面でした。……中略……。そこで、私は(高橋注・こぶ平の父親の林家)三平の文体で手紙を書いたのでした。短かいものですから、注意深く聞いていただきたいと思います。

「ノーベル賞もらってどうもすいません。もう大変なんすから。」(笑)

いや。なんというか。大江さんもおかしなことを考える人だ。

もちろん、この講演集は、日本人であること、その国で現代作家であることの困難を格調高く語ったものなのだが、やはりこういう箇所があるとわたしなんぞはホッとするのである。

ああ、それから、わたしはこの『あいまいな日本の私』と橋本治の『美男へのレッスン』(中央公論社)を同時に読んでいた。そして、大江さんはノーベル賞をとっても、橋本さんはちょっととれないだろうなあと思った。どうしてといわれると困るが、とにかく橋本さんはぜんぜんノーベル賞っぼくないのだ。

だいたい、橋本さんは本を出しすぎる。それだけでも充分ノーベル賞失格である(ぼくみたいに出さなすぎるのも問題外だけど)。それから、なんてったってテーマが「美男」だ。おまけに、このテーマで二段組の五〇〇頁で一八〇〇円だ(事務局注:単行本の頁数と価格)。このテーマでこれだけ量を書こうと思う人間は、日本近代一二〇年の歴史の中でも幸田露伴と橋本治だけではあるまいか。マジで。とにかく、お得だとは思うが、これもノーベル賞っぽくない。というか、いかなる賞にも似合わないって感じがするのである。

橋本さんは二段組×五〇〇頁を目一杯使って、論理を展開している。もちろん、橋本さんがただ単純に「美男」について論じるわけがない。「美男」は徹底的にその中身を暴露され、それが「近代人」そのものであることが証明される――とまあ、ここまでの展開はそれなりに想像できないわけではない。「美男」を論じて「近代人」に至るというようなことをしているということは、結局、あらゆることを論じてしまうようになるのである。論理的にいうと。でも、ふつうの作家や評論家はそこまではやらない。なぜなら、彼らは論理的であるより実際的であるからだ。というか、そんなめんどくさいことやってられないからだ。しかし、橋本治は徹頭徹尾「論理の鉄人」なので、その論理のおもむくまま、なにげない素振りであらゆることを論じてしまうのである。「なぜ、人は『写真うつりが悪い』といって嘆くのか」について論じた一七七頁を読んで、ショックを受けないようでは論理について語る資格はないのである。だが、そこでショックを受けているようでは永遠にノーベル賞とは無縁なのである(やっぱり、ぼくは無縁だわ)。

【この書評が収録されている書籍】
いざとなりゃ本ぐらい読むわよ / 高橋 源一郎
いざとなりゃ本ぐらい読むわよ
  • 著者:高橋 源一郎
  • 出版社:朝日新聞社
  • 装丁:単行本(253ページ)
  • 発売日:1997-10-00
  • ISBN-13:978-4022571922
内容紹介:
どんな本にも謎がある。世界一の文学探偵タカハシさんが読み解く本の事件簿、遂に登場。

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美男へのレッスン 上巻  / 橋本 治
美男へのレッスン 上巻
  • 著者:橋本 治
  • 出版社:中央公論新社
  • 装丁:文庫(347ページ)
  • 発売日:2011-05-21
  • ISBN-10:4122054893
  • ISBN-13:978-4122054899

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初出メディア

週刊朝日

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