書評
『母に歌う子守唄 わたしの介護日誌』(朝日新聞社)
「福祉」の未来を見つめる格闘と葛藤
深夜、ようやっと眠りに入った母の右手がふうっと浮いて、しきりに宙をさまよう。その手が白い壁に影をつくる。ふと、幼い頃にしてもらった影絵遊びを思う。風邪をこじらせて帰宅した日は、マスク越しに「ただいま」と声を絞りだす。それも無理ならタンバリンの鈴を振って、帰宅を知らせる。すると母もまた「おかえり」と息だけで応える。そういえば、母と糸電話で息だけの会話をしたことがあった。母が楽しみにしている「のど自慢」の番組。その手に「自分の掌(てのひら)を重ね、歌に合わせリズムをとる」。カスタネットのリズムをうまくとれなかった幼い頃、この母に同じようにしてもらった記憶がよみがえる。深夜、2時間おきに体位の交換。あいだにオムツを換え、周りを拭(ふ)き、排尿量を量り、水分補給をし、そして原稿を書き継ぐ。夜明けとともに、お粥(かゆ)やおかずの支度。ヘルパーさんの分まで。昼間は、主宰する雑誌の編集、どんなに遠くても日帰りの「福祉」の講演。その車中で爆睡……。要介護度5の母親と生きる落合さんの「こま切れ」の日常だ。そのお母さんがお漏らしをし、指先を真っ白にするほどの力で椅子(いす)の脇をつかみ、口をへの字にして憎まれ口を叩(たた)く。
「恵子ってね、子供の頃、おもらしをすると、椅子にへばりついて立とうとしなかったのよ。口をへの字にして」
「なあんだ、おあいこじゃん!」
安堵(あんど)から疲労へジェットコースターのように急降下し、期待が膨らみかけたらじわじわブレーキをかける。そんなもがきのなかに訪れるのが、昔たしかに同じことをしてもらった記憶だ。
ある動物学者が教えてくれた。後に生まれた者が先に生まれた者の世話をするのは人間だけだ、と。すごい文化だ。すごい文化は、すさまじい格闘と葛藤(かっとう)を求める。そこをくぐり抜けるのはただならぬことだ。そしてその途は一つではない。介護のさなか、言いにくいこともきちんと言って、口が酸っぱくなるまで病院や介護事業所と交渉する。自分たちのケースを悔いなくやりきらなければ、この国の「福祉」に未来はないと信じて。
朝日新聞 2004年10月31日
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