書評
『銀行ノ生命ハ信用ニ在リ―結城豊太郎の生涯』(日本放送出版協会)
傑出した銀行家の謹厳な生涯
個性的な財界人がたえて久しい。国士型官僚がいなくなってしまったのと同様に、今や国士型経済人も見あたらないと言ってよい。そのような中で結城豊太郎に焦点をあてた本書が刊行された。もっとも結城豊太郎といっても、大半の人にはピンとこないだろう。若い層には大学受験の日本史で、林銑十郎内閣の大蔵大臣、さらに「軍財抱合財政」の主唱者としてわずかに記憶に止まるにすぎない。
専門家ともなれば、日露戦争の時に日本銀行に入り、理事から安田保善社専務理事、昭和の初めに日本興業銀行総裁、大蔵大臣、戦時期の日本銀行総裁と、戦前の日本をまさにバンカー一筋に生き抜いた人物と知る。ただこれまではイメージがわかなかったのだ、この人については。財政家・金融家としては、山本達雄、高橋是清、井上準之助という、きわめてエピソード豊富な三先達に比べた場合、いかにも地味で謹厳実直、本書の扉写真にみる如く、近寄り難い感じがつきまとう。
なぜなのか。本書を読むと、その道の中枢を歩みながら、歴史的に決定的な瞬間に遭遇したことがないため、正体はこれだと捕まえにくいタイプの人間像であることがわかる。確かに結城が責任ある地位にいた時に、安田保善社(今日の富士銀行グループ)は経営近代化を推進し、興銀は中小商工業金融を積極化し、結城財政の名の下に馬場財政の行きすぎを是正し、戦時金融の元締めとしてしかるべく手を打っている。
奇をてらわず、徒党を組まず。組織の長として全体の方向づけをし、あとは人材登用に意を用いたように見える。だから格別アイディアに富んではいなかったろうし、その面での食い足りなさを周囲が感じたかもしれなかった。だがそれ故にこそ、元老西園寺公望は結城に信頼をよせたのだった。
まさに国士的!安岡正篤との親交、国維会や各種の学校や教育への支援を通して人材育成に力を入れた点に、結城の真骨頂を見ることができる。それは著者の描く通りである。ただし、歴史叙述の面でやや筆の走りなきにしもあらずの感をもつが、「銀行ノ生命ハ信用二在リ」という結城の生涯をシンボリックに表現した彼自身の言葉の重みの中に、そうした瑕疵もすべて抱合されてしまいそうだ。
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