書評

『a day in the life』(風土社)

  • 2019/01/27
a day in the life / 安西 水丸
a day in the life
  • 著者:安西 水丸
  • 出版社:風土社
  • 装丁:単行本(174ページ)
  • 発売日:2016-06-01
  • ISBN:486390035X
内容紹介:
2000年から2014年までの『チルチンびと』連載の傑作エッセイ全67話、青山の事務所と鎌倉山のアトリエ、蒐集品の撮りおろし写真を収録。

生きるも滅びるもない場所に棲んでいたのかもしれない

今ごろになって、寂しさが押し寄せている。安西水丸さんの急逝は2014年3月、おかしな言い方だが、ようやく寂しい。

二年と少し、ぽかんとしたままだったのかもしれない(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は2016年)。あまりにも突然の出来事だったから、現実をまるごと受け容れるほかなかった。つねづね、絵葉書(はがき)みたいに固定された人物風景ではなく、目前をさっと通り過ぎる「車窓の人」でありたいと仰(おつしや)っていたから、その通りのさよならだと納得することで気持ちを紛らわしていた。

しかし、じわじわやってきた寂しさの波は、そのぶん大きい。安西さんの不在は誰にも埋められない。その当たり前の事実がこれほどの空虚を孕(はら)んでいたと思い知り、呆然(ぼうぜん)としている。

いま思えば、ぽかんとしたままだったのは、不在の意味を考えるのが怖かったからかもしれない。安西さんの特集を組んだ雑誌や作品集をはじめ、この二年間のうちに多くの雑誌や書籍が刊行されてきた。わたし自身も、そのイラストレーションや文章についていくつかの文章を書いたり発言してきたけれど、それらは、安西さんの不在に馴(な)れるための、わたしなりの懸命な試行だったようにも思う。

しかし、このたび刊行された『a day in the life』を開いたとき、寂しさの一端がほぐれて温かな灯がぽっと点(とも)り、救われたような心地を覚えた。2000年から十四年間、つまり急逝まで連載していたイラストレーションと文章が六十七話掲載されているのだが、いずれも自身の古い記憶を愛(いと)おしげに、丹念に、しかもゆっくりとたどる。読むうち、安西水丸そのひとの胎内に招き入れられてゆくのだ。

母との思い出。千倉の海。これまで暮らしてきた家。灯台。草茫々(ぼうぼう)の庭。民芸について。ニューヨーク時代の隣人たち。フォークアート。絵のこと。気に入りの郷土玩具。収集したスノードーム。料理や台所……身辺のこと、日常を語りながら、つねにペン先は過去の記憶を探り当て、掘り起こす。重複を恐れず、繰り返し、繰り返し記すことで自分の記憶とあらたに出会い直してゆくのである。

春、学校から帰って母がいないと、いつも家から5分ほどの、この『七三郎畑』へと走った。

「お母さん」

ぼくが叫ぶと、母は花のなかから立ち上がって微笑んだ。

(31 家には三つの庭があった)

少年の目が捉える情景、半世紀ののち呼び戻す少年の自分、喪(うしな)った母、その描写のみずみずしさに驚かされる。

どの記憶を書いても、描いても、水が滴るほど新しく透明なのは、すべての記憶の断片が不即不離なものとして安西さんの現在と直結していたからだと思いいたる。

思いもかけないことだったが、読むうち「無常偈(むじようげ)」の一節が浮かんだ。

「諸行無常 是生滅法」

常なるものはない、何事も生きて滅びる定めである――安西さんは、記憶つまり過去をみずからの源泉として、生きるも滅びるもない場所に棲(す)んでいたのかもしれない。だから、安西さんの姿はいつまでも古びない、新しさを失わない。

ビートルズの曲のタイトルを冠した一冊を大事にめくっていたら、なぜか諸行無常を思い、寂しさが薄らいだ。
a day in the life / 安西 水丸
a day in the life
  • 著者:安西 水丸
  • 出版社:風土社
  • 装丁:単行本(174ページ)
  • 発売日:2016-06-01
  • ISBN:486390035X
内容紹介:
2000年から2014年までの『チルチンびと』連載の傑作エッセイ全67話、青山の事務所と鎌倉山のアトリエ、蒐集品の撮りおろし写真を収録。

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初出メディア

サンデー毎日

サンデー毎日 2016年7月26日

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