書評
『眼の冒険 デザインの道具箱』(紀伊國屋書店)
「似ている」から始まる思考の魅力
著者に叱(しか)られるかもしれないが、まず本文最後の二ページを開いていただきたい。右ページには、催眠効果をもたらすといわれる縦ストライプを夜空に向けサーチライトで投射した、ナチスのニュルンベルク党大会のフィナーレでの壮麗な光の列。左ページには、世界貿易センター(WTC)崩壊跡地の近くでおこなわれた追悼の光の儀式の模様。青い光が二本、漆黒の空を突き刺すように、あるいは悲しみの刃が地殻を破って飛びだしてきたかのように、垂直に立つ。
この衝撃は、たぶんどんな言葉の列よりも強い。対極にあるはずの二つの儀式が共有する相同的なイメージ、それが、人びとの思考の背後にある暗い軌跡を浮き彫りにする。
「似ている」ということの発見から始まる思考、それは遊びのようであり、パズルのようでもあり、そしてときに批判的な思考でもある。
星雲と頭髪(つむじ)と指紋と素粒子の飛跡、そして対数螺旋(らせん)をつくるヒナギクの配列図。ブロードウェーや平安京とチェス盤と曼陀羅(まんだら)図と中国明代の印章とル・コルビジェのグリッド構成案とコンピューターの回路。あるいは、今は懐かしいフトンタタキから家紋、ケルトの装飾、一筆書き、サナギを経て真空論へ。「画竜点睛(がりょうてんせい)」からアインシュタインの宇宙モデル、デュシャンの絵、アナグラムを経て、漢字の犬・刃・氷の「、」へ……。
謎めいた数列や幾何学のパズルも盛り沢山(だくさん)。アナロジー(類推)は、ある事柄に見られる関係が別の事柄においても見られることに着目する比例的思考であるから、当然のことであろう。
最後に、「似ている」ことに過敏で、ことの真実よりは画像の整合性にこだわる眼(め)の動きから、とてつもない夢想と幻想が生まれる過程を、パノラマのように映しだす。
物語でも推理でもなく、複数の像を脈絡を跳び越して思いもよらないかたちで接触させる思考、そう、図像的思考は、演繹(えんえき)や帰納とは異なる仕方で、人類の認識をぐいぐい開いてきた。
私たちの思考の衰弱を衝(つ)く一冊だ。
朝日新聞 2005年6月26日
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