選評

『金春屋ゴメス』(新潮社)

  • 2018/02/02
金春屋ゴメス  / 西條 奈加
金春屋ゴメス
  • 著者:西條 奈加
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(367ページ)
  • 発売日:2008-09-30
  • ISBN:4101357714

日本ファンタジーノベル大賞(第17回)

大賞=西條奈加「金春屋ゴメス」、優秀賞=琴音「愛をめぐる奇妙な告白のためのフーガ」/他の候補作=水町夏生「天上の庭 光の時刻」、斎木香津「琥珀ワッチ」/他の選考委員=荒俣宏、小谷真理、鈴木光司/主催=読売新聞東京本社・清水建設 後援=新潮社/発表=「小説新潮」二〇〇五年九月号

仕掛けの問題

『琥珀ワッチ』(斎木香津)は、紳士と美少女の二人組の詐欺師の物語である。主役はこの美少女で、まず敗戦直後の横浜に現われて六人の富裕な青年を結婚詐欺に巻き込み、十数年後には、琥珀を材料にまた一芝居を打ち、さらに舞台を現在へ移してインターネットの投資詐欺を企(たくら)む。この作品の最大の仕掛けは、この間(かん)、美少女がちっとも年をとっていないというところにある。彼女は、川の女神から何千年もの生命を与えられているので年をとらないのだ。なかなか魅力的な話だけれど、この設定を読者に呑(の)み込んでもらおうとして、作者は頭でっかちな前説をつけて、最初から仕掛けをバラしてしまった。もったいない。また、物語と読者のあいだにいつも「大婆(おおばあ)」という語り手が介在していて、うるさくて仕方がない。もう一つ言えば、三つの詐欺事件に割り当てられた分量がでたらめすぎる。大半を第一の結婚詐欺に割き、第三の投資詐欺などは全体の四十分の一くらいの分量で駆け足で書いている。物語の構造というものを、もっとうんと考えてほしい。

『天上の庭 光の時刻』(水町夏生)の仕掛けは、人違いである。ここに一人のヒロインがいる。彼女には幼なじみの兄弟がいた。そしていま、彼女は弟の方を、兄とまちがえて恋をしはじめた。短篇なら成立するかもしれないが、長編をこの設定一つで押し通すのはムリではないか。弟がヒロインにひとこと、「ぼくは兄ではありません。弟の方です」と言えば、それで終わってしまう。この設定で長編を書くには、もっと大きな、見晴らしのいい、別の仕掛けの援軍がいる。

『金春屋ゴメス』(西條奈加)は、現代日本から「江戸」が分離独立しているという設定で、これはみごとな発想であり、すばらしい思いつきである。ところが、話の展開が常に横に流れて、一つところに踏み止まって深みを作ろうとしていない。つまり独立時にどんな騒ぎがあったのか、「江戸」の権力構造はどうなっているのか、「江戸」の経済事情はどうか、「江戸」の地理と建物は、私たちが知っていた東京とどう変わってしまったのか、「江戸」とたとえばアメリカとの関係はどうかなど、独立物語になくてはならないことがらが何一つ書かれていない。この設定なら、もっとおもしろいことが山のようにあったはず。そこで評者は設定しか買わない。

今回、評者がもっとも買ったのは、『愛をめぐる奇妙な告白のためのフーガ』(琴音)である。都心の近くに、もともとこの国に存在してはいけない人たちの住む街があって、そこにはたとえば他人の告白を聞くことで生計を立てている女たちがいる。告白を聞くのは「清貧で高潔な」神父たち専売の聖務だが、ここではそれが転倒して、聞き役は「汚れて不幸な」女たちである。この仕掛けには強く惹(ひ)かれるものがある。そして作者は、この街の住人たちの奇想の日常を通して「真のやさしさとはなにか」を膨大な量の言葉を駆使して考える。やがて聞き役の女たちの一人がこの街に革命を起こそうとして立ち上がるのだが、このあたりの機知にあふれた描き方にも感銘を受けた。物語は言葉で書き、言葉で創るものだという作者の覚悟がいたるところに現われていて、この作者には未来があると直感した。次作にも期待する。

【この選評が収録されている書籍】
井上ひさし全選評 / 井上 ひさし
井上ひさし全選評
  • 著者:井上 ひさし
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(821ページ)
  • ISBN:4560080380
内容紹介:
2009年までの36年間、延べ370余にわたる選考会に出席。白熱の全選評が浮き彫りにする、文学・演劇の新たな成果。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

金春屋ゴメス  / 西條 奈加
金春屋ゴメス
  • 著者:西條 奈加
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(367ページ)
  • 発売日:2008-09-30
  • ISBN:4101357714

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初出メディア

小説新潮

小説新潮 2005年9月

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