書評
『死体農場』(講談社)
『死体農場』は飛行機の中で読む本じゃない、特に隣の席におしゃべりが座った場合には
十六日に日本を出発して、ロサンゼルスまでヒシアマゾンを応援に行ったのに、彼女は脚をねんざしてレースに出られなくなっちゃった。あららら。うまくいかんねえ。それで十八日の夜にはロサンゼルスをたってニューヨークに向かったのだけれど「ヒシアマゾンショック」で何を読む気も起こらず、十九日朝早くNYに着いた。でもってアクェダクト競馬場でクロフネミステリーが三着になるのを目撃して、その日の夜にはもう飛行機に乗っていたのだった。ロンドン経由、ドバイ行きだ。ああ、しんど。よおし、根性入れて本読んだろうじゃん。今回の「旅行中に読む本」はパトリシア・コーンウェルの『死体農場』(相原真理子訳、講談社文庫)と藤沢周平の『市塵』(講談社文庫)で、どうしてそんな組み合わせになったかというとだね、「今年は旅行中に藤沢周平の全作品を読む!」という目標を掲げたからだった。ああ、あとはその時読みたいやつね。ま、そういうわけでコーンウェルも「飛行機の中で読む本」の一つなので、わざわざここまで待ったのだった。いやあ、やっぱコーンウェルはいいね。ぼくには犯人が当たらないけど。さて、グィィンと飛行機が上昇し、ピーナッツとサムシング・トゥ・ドリンクが配られるとようやく『死体農場』の頁をめくりはじめる。ふーん。今回の被害者は小さな女の子なんだ。ふーん。アメリカは最近こういうの多いもんなあ、幼児虐待ものが、と思っていたらいきなり、隣から話しかけられた。席からはみ出しそうなくらいでかい毛むくじゃらのアメリカ人のおっさんだ。「あんた、英語しゃべれるか?」
「ああ、リルビットならね」
「そりゃ、ベリグーだ。あんたの読んでるそのちっちゃい本、何だい?」
「ああ、これな。パトリシア・コーンウェルの『ボディーファーム』の翻訳」
「シュアー? おお、彼女はナイスね。おれはサラ・パレツキーの方がいいけど。でも、それもう読んじゃったな。なんたって、マリーノが可哀そすぎるんだぜ。なにしろ、……(ピーッ。都合により、この部分は紹介できない)が……(ピーッ)なんだもんな」
「へえ、そう」
「イエス。それにさ、今度、ケイは……(ピーッ)を好きになってメイクラヴしちゃうんだぜ。まあ、そうなることは予想できたけどよ」
「ふーん。それ以上聞くと、楽しくなくなっちゃうから、もう何も教えてくれなくていいよ」
「おお、ソリー。おれの言ったことなんか気にせず、キープオン読書して」
こいつ、何かぼくにうらみでもあるんだろかとも思ったけれど、気をとり直して本に戻った。それから三十分ほどはなにこともなく過ぎ、ケイ・スカーペッタとマリーノとベントン・ウェズリーは流行りの犯人像解析(プロファイリング)をはじめ、姪のルーシーはとうとうFBIアカデミーの研修生になっていて、コンピューターのプログラミングの開発を手伝い、さらに六七頁まで進むと、ベントン・ウェズリーのポケベルが鳴って、
「『捜査支援課へ一緒に来てくれ』と、彼は言った。『いったい何があったんだろう』」と大いに気をもたせるような箇所に来たところで、そこまで沈黙を守っていてくれたおっさんがまた話しかけてきたのだった。
「……(ピーッ)の……(ピーッ)が……(ピーッ)なんてひどいよな」
ひどいのはあんたや。六七頁で犯人を教えんなよな。もちろん最後まで読み通したけれど、確実に三割は面白味が減っちゃったぜ。
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