書評

『大倉喜八郎の豪快なる生涯』(草思社)

  • 2017/11/30
大倉喜八郎の豪快なる生涯  / 砂川 幸雄
大倉喜八郎の豪快なる生涯
  • 著者:砂川 幸雄
  • 出版社:草思社
  • 装丁:文庫(312ページ)
  • 発売日:2012-10-04
  • ISBN-10:4794219059
  • ISBN-13:978-4794219053

明治・大正を疾走した”政商”の足跡は

人は「政商」と言い「死の商人」と蔑(さげす)む。大倉喜八郎.近代日本の経済人・実業人の中でもすっかり忘れられた存在である。時に記憶がよび醒(さ)まされる時は、右(事務局注:上)の如く決して良いイメージでは語られない。もっとも幕末から昭和初年までを健康そのもので生き抜いた当の本人は、生前から世評を一切気にかけなかった。「鼠(ねずみ)が天井で騒いだほどの世間の批評などにびくびくしているような奴は、所詮何もできはしない。毀誉褒貶の至るごとに、睾丸(こうがん)を上げたり下げたりしていたひには、何事もできるものではない」と、セルフメイド・マンらしくなかなかに勇ましい。

幕末に越後は新発田から商機を求めて江戸に出てきた大倉喜八郎は、明治政府御用達の商人となって内乱と戦争のたびに経営規模を拡大し、明治・大正期を駆け抜けた。大倉喜八郎の歴史的復権をめざす著者は、わかりやすい筆致で土木・商業・貿易などあらゆる分野で活躍した大倉の足跡をたどる。

藩閥出身でないのに、なぜ明治政府御用達になれたのか。それは「岩倉使節団」と同時期に、私財をはたいて使節団一行と交錯しながら海外事情を見てまわったからである。経営史の系譜に出てくる有名な企業や会社の創設時に、いつも名をつらねているのはなぜか。電気・鉄道・通信・地下鉄と最新鋭の技術開発に貧欲なほどの好奇心をもち、その企業化に賭けたからである。まことに大倉の人生は自らの狂歌「思ふこと定めて進めかし人は難波のあしといふとも」を地でいく趣であった。

さらに実業人として成功した大倉は、福祉事業・文化事業に巨大な富を社会還元する点についても人後におちるものではなかった。有名なフランク・ロイド・ライトによる帝国ホテルなど、大倉の資金援助がなければ到底できなかったであろう。

にもかかわらず、晩年の大倉の派手なふるまいの中に、人は批判のまなざしをむけるようになる。そう、人は誰にでも嫉妬心がある。嫉妬心が右であれ左であれイデオロギーによって正当化された時、その猛威は防ぎようがない。したがって大衆民主主義が進めば進むほど、大倉のようなセルフメイド・マンは評価しにくくなるし、また生まれにくくもなるのではないだろうか。

【この書評が収録されている書籍】
本に映る時代 / 御厨 貴
本に映る時代
  • 著者:御厨 貴
  • 出版社:読売新聞社
  • 装丁:単行本(305ページ)
  • ISBN-10:4643970472
  • ISBN-13:978-4643970470
内容紹介:
『吉田茂書翰』から『ゴーマニズム宣言』まで「日本」を知り、「自分自身」を知る140冊。気鋭の政治学者が放つ渾身の社会時評&読書ガイド。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

大倉喜八郎の豪快なる生涯  / 砂川 幸雄
大倉喜八郎の豪快なる生涯
  • 著者:砂川 幸雄
  • 出版社:草思社
  • 装丁:文庫(312ページ)
  • 発売日:2012-10-04
  • ISBN-10:4794219059
  • ISBN-13:978-4794219053

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初出メディア

読売新聞

読売新聞 1996年6月30日

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