書評

『カウガール・ブルース』(集英社)

  • 2017/12/04
カウガール・ブルース / トム・ロビンズ
カウガール・ブルース
  • 著者:トム・ロビンズ
  • 翻訳:上岡 伸雄
  • 出版社:集英社
  • 装丁:単行本(401ページ)
  • 発売日:1994-01-01
  • ISBN-10:4087731855
  • ISBN-13:978-4087731859
内容紹介:
J.ケルアックと一緒に放浪した。生まれつきの大きな親指で全米最強のヒッチハイカーになったヒロインの、破天荒で暖かく、そして哀しい物語。

トム・ロビンズ(Tom Robbins 1936- )

アメリカの作家。60年代カウンターカルチャーに積極的に関わった経験をもとに、ヒッピー的なコミュニティである路傍の動物園を描いたAnother Roadside Attraction(1971)でデビュー。第二作『カウガール・ブルース』(1976)によって、カルト的な人気を博す。そのほかの著作に『香水ジルバ』(1984)、Skinny Legs and All(1990)、Villa Incognito(2003)、エッセイと短篇を集めたWild Ducks Flying Backward(2005)などがある。  

introduction

『カウガール・ブルース』はトマス・ピンチョンが絶賛したという。「○○のガルシア=マルケス」は出版社が勝手につける惹句だからあまりアテにならないが(なにしろ岩井志麻子までガルシア=マルケスだもんな)、「ピンチョン絶賛」というのは本人がちゃんと褒めているわけだからね。ちなみに、このひとが褒めている本には、ほかにスティーヴ・エリクソン『彷徨【さまよ】う日々』やマグナス・ミルズ『フェンス』がある。どれも面白い作品じゃないか。さすがピンチョン……などと感心することはないので、これらの作品の価値が認められないようなら文学者の看板なんてはずしたほうがいい。まあ、ノベルス本のコシマキなどで気安く「驚愕」「嘆息」している、おもにミステリ系の作家や書評家は、ピンチョンの爪の垢を煎じて飲んだらいいかもしれないけど。

▼ ▼ ▼

「ジュリアンとのセックスって、消防車をヒッチハイクして一ブロック走るようなものなの。チンクとのセックスは、一九五九年型のビュイック・ロードマスターをヒッチハイクして、シカゴからソルトレークシティまで行くような感じだわ」

セックスとヒッチハイクなんて、ふつうの感覚からすれば、あまり気のきかない比喩だろう。ただし、それを口にしたのがシシー・ハンクショーならば、話はべつだ。彼女は天性のヒッチハイカー。シシーがヒッチハイクで物事を計るのは、エスキモーが雪を尺度に世界を眺めるのとおなじ、ごくごく自然なことなのだ。

『カウガール・ブルース』というのがこの本の題名だが、主人公のシシーはカウガールではない。カウガールとともに生活し、クライマックスではカウガールの帽子をかぶって颯爽と登場するが、本人は自分をカウガールだと思っていない。

また、作中にはドクター・ロビンズという精神分析医が登場する。ドクター・ロビンズが読者の前に姿をあらわすのは、ストーリイが半分まで進んでからだが、それまでずっとこの物語を語っていたのは彼であることが、やがてわかる仕かけになっている。語り手ドクター・ロビンズと、この本の作者トム・ロビンズ、このふたりも重なりそうで重ならない。

重なりそうで重ならないのは、題名と主人公、作者と語り手だけではない。シシーの物語と、作品のところどころに挟まれるオシャベリも、つながりそうでつながらず、あるいは関連があったはずがどんどん脱線してしまったり。どうも妙な案配だ。作品の出だしからして「地球に最初に出現したアメーバは現在も生きつづけている」という講釈だし、八十八章では「これで章の数はピアノの鍵盤の数をおなじなった」なんて言うし、第百章達成記念のお祝いまである。さらに、指と脳が議論する章があったり、許可のない者は立ち入ることのできない章なんてのまである。そういう小説のなかを、シシーはヒッチハイクで移動し、恋人と睦みあい、カウガールたちの戦いに立ちあう。

まあ、小説というものは、すべての要素がピッタリと足並みを揃え、よどみなくストーリイが進むべきだ――なんてルールがあるわけじゃなし、だいいち、どんな行程も、おさだまりの順路よりも道草のほうが楽しいものだ。いっそスタートや目的地なんて決めないほうがいい。シシーのヒッチハイクのように。

「でもなぜなんだい?(略)きみは目的地をもたずに、ずっと旅をして人生を過ごしてきた。きみは移動するけど、方向を持たない」

「地球の運動の『方向』って何? 原子たちはその回転によって、『どこに』達しようとしてるの?」

恋人のジュリアンは、シシーのヒッチハイクが理解できない。なぜ、好んでそんな危ないことをするのか? 彼にはシシーの生き方が無目的に見える。

「無目的じゃないわ。全然違う。わたしの目的がほとんどの人と違っているだけよ。たしかに、路上にはたくさんの無目的な人がいるわ。休みなく何かを求めて、スリルからスリルへとヒッチハイクして回る人々。ジャック・ケルアックの言葉を借りれば、アメリカを求めて。あるいは自分自身を求め、自分自身とアメリカとの何らかの関係を求めて。でもわたしは何も求めていない。わたしは発見したのよ」

「何を発見したの?」

「ヒッチハイクを」

シシーは大きな親指を持って生まれた。ボタンもはめられないし、テーブルマナーも意味をなさないほど、大きな、しかし健康このうえない親指。彼女を診察した整形外科医は、「この娘は親指とともに生きることを学ばなければならないでしょう」と言った。そして彼女はヒッチハイクを発見する。シシーの唯一の収入源は、露【デュー】スプレー(女性用消臭剤)の広告モデルだ。この会社のオーナーは、伯爵夫人【カウンテス】と呼ばれる金持ちのゲイだが、彼はシシーが必要になると、アメリカ国内数か所の郵便局にメッセージを送る。そのどれかを受けとったシシーは、ヒッチハイクでマンハッタンに駆けつけるというやりかただ。シシーがカウガールたちと知りあったのも、露スプレーの仕事がきっかけだった。伯爵夫人は税金対策として、ダコタに牧場を持っている。この牧場の近くに、アメリカシロヅルが渡りの途中に羽を休める沼があり、そこで新しいコマーシャル・フィルムを撮ろうということになったのである。

シシーが牧場に到着したとき(もちろんヒッチハイクで)、カウガールたちは伯爵夫人に対し反乱を起こしていた。自分たちは、長いあいだ搾取されてきたというのだ。ひとたびはカウガールの仲間に受けいれられたシシーだが、反乱のゴタゴタで牧場から離れ、山の隠者チンク(フラワーチルドレンは彼を聖人と見なしているが、チンクは投石と卑猥なしぐさで巡礼者を追いかえす)と出会いを経て、けっきょくはニューヨークのジュリアンのもとへ身を寄せることになる。彼は心配してシシーを精神分析医に診せるが、その医者というのがドクター・ロビンズである。シシーの影響で、ロビンズは精神の自由について、それまで思いもしなかった見解を抱くことになる。

そのころ、カウガールたちは新しい危機に直面していた。アメリカシロヅルが行方不明になり、彼女らに容疑がかかっていたのだ。じつはまんざらぬれぎぬというわけもない。カウガールのだれかがツルの餌に幻覚作用のある植物を混ぜたせいで、ツルの習性が変わってしまったのだ。自然保護団体やらマスコミが騒ぎたてるので、政府はカウガールの牧場を押収しようとする。緊張が高まる牧場へ、シシーは駆けつける。はたして彼女の親指は、カウガールたちを救えるか。

【この書評が収録されている書籍】
世界文学ワンダーランド / 牧 眞司
世界文学ワンダーランド
  • 著者:牧 眞司
  • 出版社:本の雑誌社
  • 装丁:単行本(397ページ)
  • 発売日:2007-03-01
  • ISBN-10:4860110668
  • ISBN-13:978-4860110666
内容紹介:
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カウガール・ブルース / トム・ロビンズ
カウガール・ブルース
  • 著者:トム・ロビンズ
  • 翻訳:上岡 伸雄
  • 出版社:集英社
  • 装丁:単行本(401ページ)
  • 発売日:1994-01-01
  • ISBN-10:4087731855
  • ISBN-13:978-4087731859
内容紹介:
J.ケルアックと一緒に放浪した。生まれつきの大きな親指で全米最強のヒッチハイカーになったヒロインの、破天荒で暖かく、そして哀しい物語。

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