書評

『織田信長』(吉川弘文館)

  • 2018/02/04
織田信長  / 池上 裕子
織田信長
  • 著者:池上 裕子
  • 出版社:吉川弘文館
  • 装丁:単行本(328ページ)
  • 発売日:2012-12-10
  • ISBN-10:4642052658
  • ISBN-13:978-4642052658
内容紹介:
桶狭間の戦いから本能寺の変まで、一生涯みずからの支配領域(分国)拡大の戦争に明け暮れる。強い主従意識のもとに家臣を指揮・統制し、抵抗勢力には残虐な殺戮に走り鬱憤を散じた。天下統一に邁進した革命家のごとく英雄視する後世の評価を再考。「天下布武」の意味を問い直し、『信長公記』や信長発給文書などから浮かび上がる等身大の姿を描く。

徹底して突き放した視線で“英雄”をとらえる

日本歴史学会編集の定評ある人物叢書(そうしょ)であるが、意外と著名人の伝記は少なく、古代の天武天皇や中世の源頼朝、戦国時代の豊臣秀吉、そして織田信長などについては、これまで出版されていなかった。

彼らは多くの著作で触れられており、評価もそれなりに定まっているので、今さら改めて出生から死没にいたるまでをきちんと描くのに食指が動かない、ということもあるのだろう。織田信長を描く難しさは、まさにその点にある。

政治をぐいぐいと引っ張ってゆく信長の生涯は、多くの小説などにもとりあげられてきており、その英雄ぶりは様々な形で触れられてきた。それにもかかわらず、著者が信長を描こうと思ったのは、その英雄の手にかかって理不尽にも殺害された多くの人々の思いを、信長を通して語ろうとしたからである、という。

人物伝を書こうとする場合、多くはその人物にある程度の思い入れや共感がないとなかなか書けないものであるが、著者は徹底的に信長を突き放してみることから迫ってゆくのである。

信長が求めていったのは、分国の拡大と京都を中心とする天下の静謐(せいひつ)であったとして、その達成に向けていかに戦ったのかを描いてゆく。

それはこれまで言われてきているような、決して新しい動きではなく、越後の上杉にも甲斐(かい)の武田にも共通するところである。ただ信長は、絶対君主のような面をもち、時代の波に乗って、そうした側面を抑制することなく人々に君臨することができたのである、と説く。

逆らう者、抵抗を続ける者に憎しみ・怒りをつのらせ、徹底的に叩(たた)くとか、根切り・なで切りの殲滅(せんめつ)戦をするとか、狂気のような沙汰に走ってしまうところがあった。まことに多くの人を殺したのであった。

こうした厳しい評価を交えつつ、信長の過酷なまでの分国の拡大戦争と、その信長に従う諸大名や国人の動き、逆に反信長包囲網をしく大名らの動きを描いてゆき、信長の「天下布武(てんかふぶ)」の天下がやがて日本全国を意味するようになってゆく過程を、史料の厳密な分析と冷静な視線から明らかにしてゆく。

そして最後に、信長の「流通・都市政策」と「家臣団と知行制」の両面から探って、その歴史的な役割に触れる。

流通・交通の促進をはかる政権であったこと、伊勢湾・太平洋沿岸、瀬戸内海、日本海の三つの物流の大動脈の掌握を早くから視野に入れた政権であること、城下町や都市の振興策に力を入れた政権であることなどは評価できるが、家臣団の統制や村落支配の面では遅れた面が多く、それが結局は信長の命取りになっていったとする。

このようにこれまで多くの研究によって高く評価されてきた信長像に対し、疑問をなげかけている。村落支配をはじめとする民政の面では、著者がこれまで研究を進めてきた関東の後北条氏と比較して遅れていたという。

ただ、都市の存在に目をつけて政策を展開した信長の新しさはもっと評価すべきではなかろうか。岐阜・安土・京都を軸として軍事・交通の施策を展開した動きはかつてなかったことであろう。

さらに信長の冷酷な一面だけでなく、他の面にも目を注ぐと、また違った信長の性格や特徴が見えてくるように思ったが、それは本書が徹底的に信長を告発していることからくる思いなのかもしれない。
織田信長  / 池上 裕子
織田信長
  • 著者:池上 裕子
  • 出版社:吉川弘文館
  • 装丁:単行本(328ページ)
  • 発売日:2012-12-10
  • ISBN-10:4642052658
  • ISBN-13:978-4642052658
内容紹介:
桶狭間の戦いから本能寺の変まで、一生涯みずからの支配領域(分国)拡大の戦争に明け暮れる。強い主従意識のもとに家臣を指揮・統制し、抵抗勢力には残虐な殺戮に走り鬱憤を散じた。天下統一に邁進した革命家のごとく英雄視する後世の評価を再考。「天下布武」の意味を問い直し、『信長公記』や信長発給文書などから浮かび上がる等身大の姿を描く。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2013年1月6日

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