書評
『織田信長』(吉川弘文館)
英雄視せず等身大に描く
日本歴史上における「英雄」を挙げろといわれれば、戦国武将の織田信長(1534~82年)は必ずその一人に入るであろう。信長は、映画、ドラマ、小説などで数多く取り上げられてきた。それゆえ、伝記も多数書かれている。本書もその一つである。著者は成城大教授で、日本中世史、とりわけ戦国時代から江戸時代への移行期が専門の碩学(せきがく)である。信長はともすれば天才、英雄として描かれがちであったが、本書の特徴は、数多くの史料を通じて等身大の信長像を描こうとする点にある。そのため、これまで英雄同士の死闘として華々しく描かれていた著名な戦いなどの記述も淡々としている。どちらかといえば、自分に敵対するものには激しい怒りと憎悪を露(あら)わにする、軍事独裁者としての信長像に焦点が当てられている。
一例を挙げれば、70(元亀元)年に信長を鉄砲で狙った杉谷善住坊が、73(天正元)年9月に捕らえられ岐阜で死刑に処された。その殺し方は、穴に立て埋めにし、頸(くび)を鋸(のこぎり)でひかせるという残忍な方法であり、それによって憤りを散じたという。「これも信長の人間性を表すできごとである」とし、信長の天下統一戦争を時間軸に沿って、正確になぞりながらも、戦争の悲惨さや勝利者信長の敵対者に対する残酷な仕打ちにも目配りがなされている。
著者によれば、信長の戦争は、天下統一の戦いというより彼の分国拡大の戦いであって、敗れし側からは正義のない戦いであり、彼らは懸命に抵抗した。自分に抵抗するものを許せない信長は、彼らに怒りと憎しみを募らせ、残酷な殺戮(さつりく)に走って鬱憤(うっぷん)を散ずる戦いをした、とする。その叙述は、信長を英雄視することなく、あくまでも信長の実像に肉薄せんとしている、といえよう。
そうした立場は英雄史観からは異論のあるところかもしれない。事実認識の面でも、足利義昭を中心とした幕府などがさほど評価されていない点なども気になる。しかし、膨大な史料と研究史を消化したうえでの伝記であり、今後の信長研究に資するところ大なる書であることは間違いない。
[書き手] 松尾 剛次(まつお けんじ・山形大学人文学部教授)
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