書評

『日本のすごい味 おいしさは進化する』(新潮社)

  • 2017/12/15
日本のすごい味 おいしさは進化する / 平松 洋子
日本のすごい味 おいしさは進化する
  • 著者:平松 洋子
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(175ページ)
  • 発売日:2017-09-29
  • ISBN-10:4103064730
  • ISBN-13:978-4103064732
内容紹介:
極上の味わいは人と風土が織りなすもの。アスパラガス、栃尾の油揚げ、鴨鍋、江戸前の鮨……北海道から東京まで厳選の15品を探訪。
日本のすごい味 土地の記憶を食べる / 平松 洋子
日本のすごい味 土地の記憶を食べる
  • 著者:平松 洋子
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(175ページ)
  • 発売日:2017-09-29
  • ISBN-10:4103064749
  • ISBN-13:978-4103064749
内容紹介:
華やかで繊細で豪快、ああこの味! 熊鍋、チーズ、京の豆餅、梅干し……静岡から沖縄まで、食エッセイの名手が精選の15品を探訪。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

風土と手が生む聖なる食の巡礼記

たべものの本はどっさりあるが、これはずば抜けて異色であり、そのぶん一段とたのしい。たべもの、のみものにいうコクに似て、腹にこたえる力がみなぎっている。

北海道から沖縄まで三十の探訪記だ。二分冊をとり、北海道から東京までには、「おいしさは進化する」のサブタイトルつき。静岡から沖縄篇は「土地の記憶を食べる」。多少とも比重がちがうかね合いだが、両者に本質的なちがいはない。それは足かけ九年に及ぶたべもの探訪の道しるべであり、「すごい味」の一里塚というものだ。とともに、たべもの作家平松洋子の至りついた二つの意味深いテーゼでもある。

テーマ立案を担当編集者と入念におこなったことが語られている。その際、二つの指針があったのではあるまいか。

「栃尾のあぶらげ」を知ったのは十数年前、東京の小料理屋だった。

「吉田牧場」のチーズを初めて味わったときの衝撃は忘れられない。

まず舌と胃袋の記憶にたずねた。あらためてたべもの探訪をするときの、もっとも正統的な作法である。そこから基本のリストができた。

包丁を握る職人さんたちの手は絶好調。

…すべての工程がひとの手でおこなわれている。

…すべてを手作業で完遂する手間と労力は大変なものだ。

いま一つの指針は手のはたらき。 「一枚ずつ手摘みした葉は、まず網かごに入れてがらがらと手で廻(まわ)し、虫やごみを除いたのちしっかり水洗いし、足で踏む。やわらかくなるまで踏み込んだ紫蘇を手で搾り…」。和歌山県・龍神村で梅干しが生まれるまでの一工程。手が主要なはたらきであるかぎり、大量生産はできない。ここでまた基本のリストができた。

いざ踏み出すにあたり、この探訪者には「覚悟」といったものがあったにちがいない。東京・淡路町・近江屋洋菓子店のショートケーキ、同じく東京・中目黒・聖林館のピッツァ、北海道・江別市・杉本農産のアスパラガス、新潟県長岡市・毘沙門堂本舗のあぶらげ……。

名ざしをして訪ねていって、名ざしをして書く。なぜここのショートケーキやピッツァはこんなにうまいのか。通常のアスパラガスと何が違うのか。ふつうあぶらげは単なるあぶらげだが、長岡市栃尾地区産となると血がはやるのはどうしてか。二枚のビスケットにレーズン入りバタークリームをはさんだバターサンド、一個百二十五円。どこでもつくれそうなのに、北海道・帯広の「六花亭」マルセイバターサンドにかぎるのだ。北の大地のおやつの代名詞にもなった。目立った広告をするでもないのに、年間販売額七十五億を下らないのはなぜだろう?

名ざしをしたからには正確でなくてはならず、生産者にも購買者にも納得できる報告でなくてはならない。しかもその上で読者に、すぐにも食べに走らせる活字のゴチソウであること。

大津市・比良山荘の熊鍋、大阪府・難波戎橋(なんばえびすばし)筋・大寅(だいとら)の蒲鉾(かまぼこ)、京都府・丹後・竹中罐詰のオイルサーディン、滋賀県・琵琶湖西・喜多品老舗の鮒(ふな)ずし……。

こちらはまたいっそう厄介だ。ただそこだけにあって、ほかにない。何ノ何ガシが一念かけて生み出し、その土地ならではのたべもので、色こく風土に根ざしながら、自分たちにしか出来ない味に進化させ、しかも日々、工夫に工夫をかさねている。うかつにたずねていいものだろうか。気まぐれで、不合理で、謎にみちた人間の食文化の粋を、問いただしたり語ったりできるのか。

おいしく食べるのは難しい。健康な舌と胃袋、労働にともなう空腹、それにつくり手に対する敬愛がなくてはならない。おいしく語るのは、さらに難しい。敏感な舌だけでなく、よく見る眼(め)と、旺盛な好奇心と、的確につづれる言葉が必要だ。そもそも舌も教養のある舌とない舌とでは、味わい方がまるでちがってくる。

桶(おけ)いっぱい、洗って磨いたニゴロブナがふたたび水に放たれて潤っている。千日の道のりの途中をかいま見て、ある感情が湧いてきた――これは、琵琶湖の恵みを水と塩で祓(はら)い清める儀式だ。ひとつひとつの手順が神事のように思われてくる。

あとがきにそっと記してある。喜多品老舗十七代にわたって手がけてきた鮒ずしが廃業した。琵琶湖で獲(と)れるニゴロブナが激減して、断腸の思いで決断したという。ところが幸い、伝承の途絶を惜しんで支援先が名乗りを上げて、十八代目が家業を継いだ――。

伝統的な料理技術の継承こそ、深くて広大な日本の食文化の基本なのだが、それがグルメブームとやらの風潮のなかで、立ちゆかず、消えていく。駅前で惣菜(そうざい)を買って、電子レンジでチンをし、ますます安っぽくなっていく日本人の食卓風景。その只中(ただなか)で、著者は渾身(こんしん)の力をこめて、すこぶる個性的な食の譜をつづった。どの一品にも地名がそえてあって、これが聖なるたべもの巡礼記であることが見てとれる。

日本のすごい味 土地の記憶を食べる / 平松 洋子
日本のすごい味 土地の記憶を食べる
  • 著者:平松 洋子
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(175ページ)
  • 発売日:2017-09-29
  • ISBN-10:4103064749
  • ISBN-13:978-4103064749
内容紹介:
華やかで繊細で豪快、ああこの味! 熊鍋、チーズ、京の豆餅、梅干し……静岡から沖縄まで、食エッセイの名手が精選の15品を探訪。

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

日本のすごい味 おいしさは進化する / 平松 洋子
日本のすごい味 おいしさは進化する
  • 著者:平松 洋子
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:単行本(175ページ)
  • 発売日:2017-09-29
  • ISBN-10:4103064730
  • ISBN-13:978-4103064732
内容紹介:
極上の味わいは人と風土が織りなすもの。アスパラガス、栃尾の油揚げ、鴨鍋、江戸前の鮨……北海道から東京まで厳選の15品を探訪。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2017年11月5日

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