書評
『東大落城―安田講堂攻防七十二時間』(文藝春秋)
その時、公安警備の舞台裏は……
二十世紀の歴史化が急速に進んでいる。実はこれまでオンリーイエスタデイは歴史にならないと、誰もがたかをくくっていた。あまりにも現在とのつながりが強すぎるからである。だが世紀末になって、その認識は確実に変わりつつある。”今”は驚くべき速さで、”過去”の帷(とばり)へと消えていく。そのため、たちまちにして時代共有の感覚が失われる事態が生じているのだ。著者が奇しくも四半世紀前の学園紛争について、今こそ歴史の語り部たらんと決意した背景には、こうした切実な事情がある。本書は警視庁元警備一課長の視点を通して、機動隊による東大攻防戦の実体験を記すとともに、あわせて公安警備における危機管理のノウハウを実態に即して論じたものである。著者は、警備の現場と行政管理との修羅場における宿命的な対立を、みごとに描き出す。大小あらゆるセクションで、非常時においてより明確に現れる官僚主義的発想に対し、いかにトップリーダーの政治的決断が必要とされるか。著者があげる事例はまことに興味深い。
中立公正を標榜し上司の命令以外は、火災を前にしてもてこでも動かぬ消防隊に対して、「縦割り行政のサミット連絡調整」以外警視庁が打つ手はなかったこと。逆にいくら命令系統的に上位にある警備部(スタッフ)でも、危機状況で機動隊を動かすには、戦友愛と連帯意識に訴えるしか方法がなかったこと。また超勤手当・食糧費などの機動隊の臨時出費について、会計当局がきわめて厳格に対応したため、著者が警察共済の住宅ローンを借りる形で食糧費の返済にあてざるをえなかったこと。
こうした具体例は、危機管理をめぐる今日的課題にも示唆的である。さらに情報報告の「もたれあい」で、安田講堂封鎖解除決定が、直前まで警視総監に伝わっていなかったというエピソードを含め、全編を通じてストーリーテラーたる著者の面目躍如たる趣がある。
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