前書き

『社会学の名著30』(筑摩書房)

  • 2018/01/19
社会学の名著30  / 竹内 洋
社会学の名著30
  • 著者:竹内 洋
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:新書(248ページ)
  • 発売日:2008-04-01
  • ISBN-10:4480064192
  • ISBN-13:978-4480064196
内容紹介:
「社会」をどうみるか?われわれもその一員でありながら、いやそうであればこそ、社会をとらえるのは実はとても難しい。社会学は、一見わかりやすそうで意外に手ごわい。ただし、良質な入門書、… もっと読む
「社会」をどうみるか?われわれもその一員でありながら、いやそうであればこそ、社会をとらえるのは実はとても難しい。社会学は、一見わかりやすそうで意外に手ごわい。ただし、良質な入門書、面白い解説書に導かれれば、見慣れたものの意味がめくるめく変容し、知的興奮を覚えるようになるはず。本書では、著者自身が面白く読んだ書30冊を厳選。社会学の虜になることうけあいの、最良のブックガイド。

はじめに――解説書のすすめ

古典や名著を読みなさい、とよくいわれる。そのとおりである。しかし、初学者がいきなり、古典や名著を読むと、途中で挫折してしまうことがすくなくない。直訳調の文体やいりくんだ論理の難しさに圧倒されることで挫折するだけではない。時代ははるか昔、書かれたのも遠い異国のことが多いから、背景についての知識がなければ、文中にでてくる人名や出来事のひとつひとつにひっかかるからである。それに読書に慣れていないときには、書いてあることすべてを理解しなければ、という完壁主義が禍(わざわい)に輪をかけることになる。

いきなり古典、いきなり名著は挫折という危険がいっぱいである。挫折がトラウマになって、古典や名著嫌いになってしまう代償が大きい。

他人の話ではない。わたし自身、大学一年生のとき、そんな経験をした。マルクスやウェーバーと同時代のドイッの社会学者テンニース(一八五五―一九三六)の『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』を翻訳で読みはじめたが、三分の一もいかないところで、本を開けるのが億劫(おっくう)になった。まずおもったのは、わたしは頭が悪いのではないか、である。つぎには、古典とか名著というのは難しいだけで、面白くないものとおもいはじめていた。

いま読めば、『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』は決して難解本とはおもえないが、マルクスもウェーバーもよく知らず、当時のドイツ社会についての知識もない状態では、仕方がないというほかはないが、あの状態でおわっていたら、わたしこそ「悦(よろこ)ばしき知識」(二ーチェ)の境地とは縁遠い、悲しい存在になっていただろう。

ところが『ゲマインシャフトとゲゼルシャフト』に挫折したすぐあとに、『近代人の疎外』(パッペンハイム著、粟田賢三訳、岩波新書)を読むことで霧が晴れた。『近代人の疎外』は「人間疎外」をキーワードに、ジンメルやマルクス、そしてテンニースの理論を比較しているのだが、テンニースがマルクスの所説を高く評価していたなどの逸話もまじえて書かれてあった。古典を同時代の思想や理論と対比することで解説する仕掛けになっていた。
この本を読んでから、テンニースの本に立ち返ると、以前とはちがって、興味深く読めたことを覚えている。

ところが世の学者たちは、解説書はいけない、原書(翻訳を含めて)を読みなさいという、原理主義ならぬ原書主義をとなえる人が多い。なるほど、解説書はあくまで原書の解説であり、入門である。その意味で原書を読むにしくはない。しかし、多くの人にとっては、いきなり原書は障害物が多すぎる。だとしたら、解説書や入門書で軽いトレーニングをつんでから、原書にすすむというのが順当であるとおもう。

といっても解説書は初学者のためだけのものではない。中級・上級者も、結構楽しめる。原書を読んだあとに解説書を読むと、こういう読み方があるのかと、「会読」――昌平坂学問所や私塾(福沢諭吉が勉学した適塾など)で学生が一堂に会し、原書を読みあう集(つど)いに加わっているような感がある。わたし自身、ウェーバーやデュルケームなどの著作を読んだあとに、かなりの解説書を読んだが、蒙(もう)が啓(ひら)かれることがすくなくなかった。

もちろん、すべての解説書が、これまで述べてきたような効能を十分もっているというわけではないから、自分にあったよい解説書を選ぶことが大切だとおもう。


本書は、そんなわたしの苦い経験を思い出しながら、社会学の名著のなかから三〇冊を選び、名著の解説としたものである。なにが名著であるかについては、ある程度のコンセンサスがあるが、人によって違いもある。三〇冊を選ぶにあたっては、世評を考慮しながらも、最終的にはわたしの好みを優先させた。いくら世評が高くても、わたしがおもしろく読んだという経験がなければ、読者にその本のよさをつたえることができにくいからである。もちろん本書以外にもわたしが社会学の名著とおもう本は多くあるが、三〇冊という限定だから、割愛せざるを得なかった。

本書の中でとりあげたそれぞれの名著について、ニヵ所ほど、原文(翻訳)から引用している。引用箇所を「素読」してみるのも一興かとおもう。本書が名著を直接読んだり、昔読んだ名著をもう一度ひもといてみようか、という触媒になれば、解説者としては望外の喜びである。
社会学の名著30  / 竹内 洋
社会学の名著30
  • 著者:竹内 洋
  • 出版社:筑摩書房
  • 装丁:新書(248ページ)
  • 発売日:2008-04-01
  • ISBN-10:4480064192
  • ISBN-13:978-4480064196
内容紹介:
「社会」をどうみるか?われわれもその一員でありながら、いやそうであればこそ、社会をとらえるのは実はとても難しい。社会学は、一見わかりやすそうで意外に手ごわい。ただし、良質な入門書、… もっと読む
「社会」をどうみるか?われわれもその一員でありながら、いやそうであればこそ、社会をとらえるのは実はとても難しい。社会学は、一見わかりやすそうで意外に手ごわい。ただし、良質な入門書、面白い解説書に導かれれば、見慣れたものの意味がめくるめく変容し、知的興奮を覚えるようになるはず。本書では、著者自身が面白く読んだ書30冊を厳選。社会学の虜になることうけあいの、最良のブックガイド。

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