書評

『オウエンのために祈りを』(新潮社)

  • 2018/03/21
オウエンのために祈りを〈上〉 / ジョン アーヴィング
オウエンのために祈りを〈上〉
  • 著者:ジョン アーヴィング
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(573ページ)
  • ISBN:4102273107
内容紹介:
5歳児ぐらいの身長、一度聞いたら忘れられないへんな声、ずば抜けた頭脳を持つぼくの親友オウエンを、ある日過酷な運命が襲った。ピンチヒッターで打ったボールが、大好きだったぼくの母の命を奪ったのだ。ぼくは神様の道具なんだと言い続ける彼にとって、出来事にはすべて意味がある。他人と少し違う姿に生れたオウエンに与えられた使命とは?米文学巨匠による現代の福音書。
外出すれば必ず本屋をのぞく。思わず「おぉっ」と感嘆の声を上げてしまうような逸品を見つけてしまうともういけない。歓びのあまりお買い上げ熱が高まり、挙げ句、宅配を頼まなければならないほどの本を積み上げることになってしまうのだ。さて、これも本来なら「おぉっ」の感嘆本であるべきなのだが、しかし、店頭で手に取った時にわたしの口から洩れたのは深い深い溜息だった。

……何と長きにわたって待たされたことか。ジョン・アーヴィングの『オウエンのために祈りを』。八三年に『ガープの世界』が翻訳されたのをきっかけに我が国でも高い人気を獲得、続々と翻訳化が進んでいたにもかかわらず、この作品に限って遅々として翻訳が進まず、短気なわたしは訳者の中野圭二さんに催促の手紙を出そうかと思いつめるほどだったのだ。が、読み終えた今、全てを水に流そうと思う。それほどまでに、この物語がもたらす読後の余韻は深く、静かで、しかも圧倒的なのだ。

アーヴィングの作品は、フリークス的な人物が重要な役どころとして登場することで知られているけれど、本書の主人公オウエンもまた異様に小さい体と奇妙な声の持ち主。そんな彼に様々な形で神の予言が降りかかる。天使を目撃したり、親友であるこの物語の語り手〈ぼく〉の母親を自分が打ったファウルボールで死なせてしまったり、墓石に刻まれた自分の死の日付を幻視したり……。自分が小さかったり奇妙な声をしているのには何か意味があると確信するオウエンの生涯を〈ぼく〉が回想するこの物語で、アーヴィングは信仰と奇蹟の間に横たわる不信の問題や、六〇年代にアメリカが犯した数々の過ち、そこから何も学ばずに今なお過ちを繰り返す世界の狂気を、真正面から見据えている。文中、度々呟(つぶ)かれる「考えてもみてほしい」という言葉で、読者に我が身を振り返らせようとしている。ちりばめられた様々な予兆的な伏線や象徴的アイテムと、いつもながらの泣かせ所と笑わせ所をハズさないリーダビリティ高き文章を駆使して。本書を第一弾に新潮社から未訳の三作が訳出されるようだが(ALL REVIEWS事務局注:本書評執筆時期は1999年)、願わくば翻訳が大幅に遅れませんようにアーヴィング・ファンのために祈りを捧げたい。

【この書評が収録されている書籍】
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド / 豊崎 由美
そんなに読んで、どうするの? --縦横無尽のブックガイド
  • 著者:豊崎 由美
  • 出版社:アスペクト
  • 装丁:単行本(560ページ)
  • 発売日:2005-11-29
  • ISBN:4757211961
内容紹介:
闘う書評家&小説のメキキスト、トヨザキ社長、初の書評集!純文学からエンタメ、前衛、ミステリ、SF、ファンタジーなどなど、1冊まるごと小説愛。怒濤の239作品! 560ページ!!★某大作家先生が激怒した伝説の辛口書評を特別袋綴じ掲載 !!★

ALL REVIEWS経由で書籍を購入いただきますと、書評家に書籍購入価格の0.7~5.6%が還元されます。

オウエンのために祈りを〈上〉 / ジョン アーヴィング
オウエンのために祈りを〈上〉
  • 著者:ジョン アーヴィング
  • 出版社:新潮社
  • 装丁:文庫(573ページ)
  • ISBN:4102273107
内容紹介:
5歳児ぐらいの身長、一度聞いたら忘れられないへんな声、ずば抜けた頭脳を持つぼくの親友オウエンを、ある日過酷な運命が襲った。ピンチヒッターで打ったボールが、大好きだったぼくの母の命を奪ったのだ。ぼくは神様の道具なんだと言い続ける彼にとって、出来事にはすべて意味がある。他人と少し違う姿に生れたオウエンに与えられた使命とは?米文学巨匠による現代の福音書。

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初出メディア

クロワッサン

クロワッサン 1999年10月10日

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