書評

『ラグタイム』(早川書房)

  • 2018/04/12
ラグタイム / E.L. ドクトロウ
ラグタイム
  • 著者:E.L. ドクトロウ
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:文庫(399ページ)
  • ISBN:4150408823
内容紹介:
ニューヨーク郊外に豪邸を構える実業家のファーザー。しがない影絵師から映画王にのしあがるユダヤ系移民のターテ。人種偏見に憤り、テロリストに変貌する黒人ピアニスト、コールハウス。それぞれの人生を必死に生きる彼らとその家族を中心に、自動車王フォード、魔術師フーディニ、アナーキストのエマ・ゴールドマンら実在の人物を絡めて壮大華麗な物語を織り上げる。今世紀初頭の躍動期のアメリカを浮き彫りにする傑作。

E.L. ドクトロウ(Edgar Lawrence Doctorow 1931-2015)

E・L・ドクトロウ(Edgar Lawrence Doctorow 1931- )。アメリカの作家。荒涼たる西部の街を描いたWelcome to Hard Times(1960)でデビュー。作家としての地位を確かにしたのは第四作『ラグタイム』(1975)の成功による。ドクトロウの多くの作品は、過去の出来事に取材しているが、語りや視点の取りかたに工夫がこらされている。そのほかの著作に『ダニエル書』(1971)、『紐育万国博覧会』(1985)、『ビリー・バスゲイト』(1989)、『ニューヨーク市貯水場』(1994)などがある。

introduction

エリクソンのロサンゼルスピンチョンのサンフランシスコときたら、つぎはポール・オースターのニューヨークといくのが、自然な流れだろう。しかし、オースターは別なくくりで紹介するので、ニューヨークはややオーソドックスな作風のドクトロウに担当していただこう。むろん、オーソドックスというのはあくまで比較上のことで、『ラグタイム』には現代的な語りが冴えわたっている。この作品のみならず、『紐育万国博覧会』『ニューヨーク市貯水場』など題名からも明らかなように、ドクトロウはニューヨークをホームグラウンドにしている(ただし原題にはNew Yorkという語はない)。ほかにこの都市を舞台にした小説を書く現代作家といえば、ジェイ・マキナニーがすぐに思いうかぶが、ぼくはミニマリズムというのがどうも苦手なのだ。

▼ ▼ ▼

ぼくの手元に、ジョン・デュラントというフリーランスの記者が監修したPredictionsという図鑑がある。ここに集められているのは、十九世紀末から二十世紀初頭までに〈ライフ〉〈サイエンティフィック・アメリカン〉〈ジャッジ〉〈パック〉といった、アメリカの雑誌や新聞に掲載された“未来像”だ。こうした図版を眺めていると、その当時の人たちがどんなことに興味をもっていたかが伝わってくる。飛行機・鉄道・自動車などの交通機関、女性の権利、スポーツ、電話、都市と建築物、階級・人種の問題、などなど。急速なテクノロジーの進歩および産業・社会の膨張と、それにともなうさまざまな歪み、そしてスキャンダルが生まれた、世紀の曲がり角。そうしたゴッタ煮的状況のなかから、未来へのたくましい想像力が醸成された。

こうした時代を背景にして、ドクトロウが描いた物語が『ラグタイム』である。具体的にいえば、一九〇二年から一九一七年の十六年間。おもな舞台はニューヨークだ。

タイトルがなかなかいい。“ラグタイム”というのは、この時代にはやったピアノ曲のスタイル。酒場に行けばラグタイムがかかっていたんだろう。「訳者あとがき」によると、ラグタイムはラッギッド・タイム(くずれた拍子)に由来するといわれる言葉であり、ジャズの前身を指してそう呼ばれることもあるとのこと。作曲においては、シンコペーションの技法が重要な要素となっている。ドクトロウは、この小説そのものをラグタイムとして構想した。つまり、鍵盤のかわりに文字で演奏してみせようというわけだ。

主要な登場人物は、ニューヨーク郊外に住む上層中産階級のファザー一家、貧乏なユダヤ移民ターテとその娘、黒人ピアニストとその恋人、美貌のモデル女性イヴリン・ネスビット、稀代の奇術師フーディーニ。物語の視点はこれらの人物を自在に行き来し、また人物たちの動きも互いに重なりあい、ふたたび離れていく。

彼らはすべて違った階級・職業・境遇にあり、違った価値観・主義をもって生きている。作者はそれぞれの旋律をもつれあわせながら、また巧みにアクセントを置いていく。挿入される短いエピソードも、じつに多彩だ。たとえばフロイトとその弟子ユンクのコニーアイランド観光、ファザーも同行したピアリ提督の北極点征服、大資本家ピエルポント・モーガンと自動車王ヘンリー・フォードが結成したふたりだけのオカルト結社、イヴリンを社会主義者に転向させた女性革命家エンマ・ゴールドマンの演説……。実在人物がたくさん登場するものの、事件はほとんどが架空のもの、あるいは誇張されたもので、虚実がうまくブレンドされている。

もちろん、たくさんのエピソードを積みあげていく技法は、ドクトロウのオリジナルではない。ヴォネガットやピンチョンをはじめ、一九六〇年代以降のアメリカ文学を特徴づける方法論のひとつだ。ドクトロウはこの物語作法を使って、アメリカの二十世紀初頭という時代の雰囲気を表現していく。線的な物語から背景を浮かびあがらせるやり方が通用するほど、この時代はフラットではない。その当時のアメリカの狂躁的様相を、作品のなかから拾ってみよう。

まず、第三者の目から観察したアメリカ。フロイトは講演をこなすかたわら、あちらこちらの観光にひっぱりまわされ、アメリカはこれでたくさんだと思う。

アメリカ旅行のため、胃袋も膀胱も痛めてしまった、と彼は思いこんだ。アメリカ国民全体が精力過剰で、生意気で、礼儀しらずのように思えた。時代や国別などには無頓着のまま、ヨーロッパの美術と建築を無粋に、大々的にとりいれているのを見て、彼はゾッとする思いだった。彼が目にしたものは、大きな富と大きな貧困の無造作なアメリカ的ごったまぜのなかにある、衰えゆくヨーロッパ文明の混沌だった。

次は、都市発展の象徴ともいえる交通網のありさま。敷設作業の困難と驚くべき事故のようすなども交えながら、躍動感が表現されていく。

線路! また線路! 大衆雑誌にものを書く夢想家には、平行して走る線路の末端には未来がひらけているような気がしただろう。長距離機関車の鉄道、都市間連絡電鉄、路面電車、高架鉄道、それらのすべてが疲れを知らぬ文明の織りなす編み目模様のように交錯しながら、陸地の上に鋼鉄の縞文様をくりひろげていた。

オカルティズムも街にはびこっていた。ドクトロウは心霊術や透視実験の実例を紹介しながら、人々のメンタリティにふれていく。

当時は、死者との会話交換はそれ以前ほど現実ばなれした概念ではなかった。アメリカは二十世紀の黎明期にあり、蒸気シャベル、機関車、飛行機、内燃機関、電話、二十五階建てビルの国だった。しかし、もっとも有名な実用主義者さえ、神秘思想に影響されるという興味ぶかい現象があった。(略)二十世紀を発明したともいえる偉大なエジソン自身が、死後も存続しつづけ、けっして破壊されることなく、それ以上変化しえない、生命のこもった物質的微粒子の存在を理論づけ、それをスウォームと命名した。

『ラグタイム』が題材としているのは、まぎれもない“過去”であり、それぞれのエピソードも非現実的なところはない。だが、そのありさま――ラグタイムの演奏のように、不規則に断続的に変化していくその世界――は、ノスタルジーなどとはほど遠い。現在ぼくらが想像しうるおおかたの“未来”よりも、ずっとファンタスティックで、目がくらむほど刺激的ではないだろうか。



【この書評が収録されている書籍】
世界文学ワンダーランド / 牧 眞司
世界文学ワンダーランド
  • 著者:牧 眞司
  • 出版社:本の雑誌社
  • 装丁:単行本(397ページ)
  • 発売日:2007-03-01
  • ISBN:4860110668
内容紹介:
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ラグタイム / E.L. ドクトロウ
ラグタイム
  • 著者:E.L. ドクトロウ
  • 出版社:早川書房
  • 装丁:文庫(399ページ)
  • ISBN:4150408823
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