書評
『エコノミストは信用できるか』(文藝春秋)
「前後の一貫性」から諸氏を格付け
この10年、経済の不調を尻目に、というよりもそれをバネにして、活気づいた業界がある。「エコノミスト」なる業態だ。かつてエコノミストといえば、経済を理論で分析する経済学者か政策実務を担当する官庁エコノミストだった。現在はそれに総研系エコノミストや証券アナリストが加わり、こぞって景気予測から現状分析、政策提言を行っている。続々と雑誌やテレビに登場し、侃々諤々(かんかんがくがく)の論争を繰り広げ、ベストセラーも生まれた。それでいて景気を好転させたわけではなく、流行のテーマごとに同一人物が意見を変えたりもするのだから、一般には不信感を抱かれつつあるのではないか。
エコノミストなる人種は、いったい何者なのか。本書はその謎の生態をつぶさにレポートした、画期的な作品である。特筆すべきは、バブルや財政出動、金融政策やIT革命、不良債権処理からインフレ・ターゲット論につき、過去に残した発言をたんねんに掘り起こし、同一人物が意見を変える軌跡を示した点だ。失言が多数収録され、(人ごとではないが)評者は何度も爆笑させられた。一例を挙げると、某大臣は「金融システムの安定」につき、在野のころはペイオフ解禁が必要と述べていたのに、大臣になるとペイオフ延期こそが必要と、豹変(ひょうへん)している。
巻末ではエコノミストの格付けも試みられているが、「議論の整合性」や「前後の一貫性」など評価基準は論者自身への信頼性に置かれている。これは世間の望むところではないか。特定の立場から偏頗(へんぱ)な理解をもとに他人の本をなで切りにするといった志の低い類書が存在するが、対照的だ。
著者の結論が面白い。エコノミストとは、異様なほど自信に満ち、座談会などでも他人の意見など聞く耳を持たず、それでいて「10兆円の財政出動」「5年以内の民営化」と提案するときの「10兆円」や「5年」といった数字にはさほどの理由はない、というのだ。
文章に品があり、出色の人物観察記ともいえよう。
評者・松原隆一郎(東京大教授)
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文春新書・277ページ・790円/ひがしたに・さとし 53年生まれ。ジャーナリスト。著書に『誰が日本経済を救えるのか!』など。
朝日新聞 2004年1月11日
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