書評

『絶景本棚』(本の雑誌社)

  • 2018/05/10
絶景本棚 / 本の雑誌編集部
絶景本棚
  • 著者:本の雑誌編集部
  • 出版社:本の雑誌社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(224ページ)
  • 発売日:2018-02-22
  • ISBN-10:4860114116
  • ISBN-13:978-4860114114
内容紹介:
「本の雑誌」人気連載「本棚が見たい!」の待望の書籍化。約40人の個人の書斎を舐めるように撮ったオールカラーの写真集。

何十万冊も詰め込んだ一冊の本

定年退職で大学の研究室を引き払うのに、本棚に蓄積された大量の本をどう始末したものかと悩みに悩み、一年がかりでようやくその作業を終えたわたしのような人間にとって、本棚はしばらく目にしたくない物のはずである。それなのに、自分の苦労はそれこそ棚にあげて、他人の本棚を眺めるのはどうしてこれほどまでに楽しいことなのか。本書『絶景本棚』のページを繰り、豊富なカラー写真に収められた各界三十四人の本棚を目にして、まず思ったのはそれである。

『本の雑誌』で連載されている「本棚が見たい!」をもとに書籍化したのが本書だが、連載時よりも写真の質がアップしていて、はるかに見応えがある。取材の対象になっている人間(コレクター、作家、評論家、研究者など)の写真は、おそらく意図的に、一切出てこない。『絶景本棚』の主人公は、あくまでも本棚であり、本なのである。本棚や、そこに並んでいる本さえ見れば、それを所蔵している人間の姿もおのずから浮かび上がるはずだ、と言わんばかりに。

読者にとって何よりも嬉(うれ)しいのは、本棚を撮ったきわめて鮮明な写真が、本棚のほぼ全景を写したものもあれば、その一部を接写して、背表紙の一つ一つがはっきり読み取れるものもあるというところだ。そうした接写写真を一枚一枚見ているうちに、わたしたちはそれが他人の本棚であることを忘れ、まるで巨大な古書店か図書館の中に紛れ込んで、どの本を手に取ろうかと迷っているような錯覚に陥る。ほしかった本を偶然に他人の本棚に発見して、思わず買い取りたくなるような衝動に襲われる。

愛書家は、本棚そのものにも凝る。本書の中で、その最たる例は、地下一階、地上二階建ての吹き抜け螺旋(らせん)階段のまわりに、一万冊を収納する書庫を作った社会経済学者の松原隆一郎や、本を日焼けから守るために、本棚のガラス扉にUVカットのフィルムを貼り、書斎の本棚には遮光カーテンをかけている、ファンタジー研究家の中野善夫だろうか。こういう工夫を凝らした本棚を見ていると、つい自分の乱雑な本棚からヘンリー・ペトロスキーの『本棚の歴史』(白水社刊)を取り出して、本棚という人工的な技術品にこめられた、人間の叡智(えいち)の歴史を勉強してみたくなる。

もちろん、本棚だけではない。もうひとつの主人公となる本も、魅力たっぷりの表情で、わたしたち読者に思いがけない発見を提供してくれる。編集者でありライターでもある都築響一の本棚に、誰にも読めない言語で書かれ、世界一の奇書とも言われる、ルイージ・セラフィーニの画文集を見つけたときには、友達が一人増えたような気分になった。海外ミステリのペーパーバックを集めた本棚に、どんな本が並んでいるのか背文字を読もうと思うと、書店でなら自分の顔を横向けにするという苦痛を強いられることもしばしばあるが、『絶景本棚』でたとえば編集者である永嶋俊一郎のその本棚を見る場合だと、そのページを横向けにして読めばいいので楽だ。

愛書家たちは、本棚にぎっしり本を詰める技術に長(た)けていて、わずかなスペースも本で埋めてしまう。さらに、一つの列には、できるだけ高さと面が揃(そろ)った本を並べようとする。ところが、ブックコーディネーターである幅允孝の本棚は、並べた本の高さが不揃いで、両端に背の高い本を置き、そこからまるで懸垂線のように、中央に行くにしたがって低くなる。この意表を突く並べ方が、息苦しい空間に風が吹き抜けているようで心地よい。

本棚だけではとても入りきらず、床の上にも本があふれてしまった人は本書にも多くいて、同じ悩みを抱えているわたしなどは同病者を見つけたような気がして嬉しい。しかし、ミステリーやSFの評論家である日下三蔵や鏡明といった人たちの部屋を見ていると、床からほとんど天井まで届きそうな高さに本が積んである。いったいどうやったらそんな魔法のような芸当ができるのか。崩れないで本を高く積むコツを教えてほしい。

ライターの荻原魚雷の本棚には、「男性自身」シリーズをはじめとして、山口瞳の本がずらりと揃っている。ところが、本棚の前の床に少し積まれた本の中には、よくよく見れば、短篇集『鳩胸の鳩』が本棚の山口瞳コーナーから離れて一冊だけ疎開している。それはどういうことなのか。現在たまたま読書中ということなのか、それとも山口瞳の本の中でとりわけ手元近くに置いておきたい本だったのか。そんな興味をそそられて、わたしはついつい『鳩胸の鳩』を古書店に注文してしまった。

『絶景本棚』は、まことに得難い本である。この小さな一冊の中に、何十万冊もの本が詰まっているような感慨を催すからである。この本を追加したところで、すでに満杯状態になっているわたしの本棚を、そして足の踏み場がなくなったわたしの仕事部屋を、それ以上圧迫する心配はまったくない。
絶景本棚 / 本の雑誌編集部
絶景本棚
  • 著者:本の雑誌編集部
  • 出版社:本の雑誌社
  • 装丁:単行本(ソフトカバー)(224ページ)
  • 発売日:2018-02-22
  • ISBN-10:4860114116
  • ISBN-13:978-4860114114
内容紹介:
「本の雑誌」人気連載「本棚が見たい!」の待望の書籍化。約40人の個人の書斎を舐めるように撮ったオールカラーの写真集。

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2018年3月25日

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