書評

『ニュルンベルク合流:「ジェノサイド」と「人道に対する罪」の起源』(白水社)

  • 2018/05/10
ニュルンベルク合流:「ジェノサイド」と「人道に対する罪」の起源 / フィリップ・サンズ
ニュルンベルク合流:「ジェノサイド」と「人道に対する罪」の起源
  • 著者:フィリップ・サンズ
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(620ページ)
  • 発売日:2018-04-12
  • ISBN:4560096252
内容紹介:
国際法教授ラウターパクト、法律家レムキン、ポーランド総督フランクの人生と家族、戦禍が交錯する。英ベストセラーノンフィクション

本当の主役は二つの町

評者は昨年の九月、ウクライナのリヴィウで開催された世界ペン大会に出席した折、同地の国立大学の大ホール(この本の舞台にもなっている)で著者の記念講演を聞く機会に恵まれた。そのときはこの本のことも、その著者のことも何も知らなかったのだが、聞き始めるとすぐに、その比類なく雄弁で魅力的な語りに引き込まれ、このリヴィウという町を起点にして、ホロコーストを生き延び世界に散らばっていった人々の数奇な運命の交錯のあまりに劇的な展開に驚嘆したのだった。

その講演のもとになっていたのが本書『ニュルンベルク合流』である。六百ページを超える大部の本で、東欧を中心に何世代にもわたる登場人物たちの経歴が絡み合ううえ、ナチスドイツによるホロコーストの歴史や法哲学の問題にも踏み込んでいくため、相当複雑な内容の著作とは言えるのだが、著者の天性の語りの才能と背景に関する該博な知識、そして何よりも主題追求の情熱とがあいまって、凡百の小説などよりもよっぽどエンターテインメント性に富んだ作品になっている。

本書は分類がなかなか難しいのだが、基本的には四人の人物の人生を追ったノンフィクション作品とひとまず定義しておこう。著者の祖父レオン・ブフホルツ(市井の人であって、著名人ではない)、ケンブリッジ大学教授を務めた国際法学者ハーシュ・ラウターパクト、現在のベラルーシに生まれ、後にアメリカに亡命した弁護士ラファエル・レムキン。ここまでの三人はすべてユダヤ人である。そして四人目は、ドイツ人。ナチス時代にポーランド総督をつとめ、ユダヤ人大量殺害の罪を問われてニュルンベルク裁判で死刑の判決を受けたハンス・フランク。皮肉なことにフランクもまた法律家である。

著者のサンズ自身が国際法の分野で著名な学者・弁護士であるだけに、本書を貫くテーマも国際法に関わるものだ。ナチスドイツの罪を問うニュルンベルク裁判では、戦争犯罪を裁くために初めて、「人道に対する罪」と「ジェノサイド」(民族集団の殲(せん)滅)といった概念が登場した。この二つのうち、個々人の権利の擁護に焦点を当てるのが、ラウターパクトの提唱した「人道に対する罪」という考え方で、それに対してレムキンは民族集団の組織的殺害こそが問題だと考え、「ジェノサイド」という新造語を国際法に持ち込もうとした。両者の主張は平行線をたどったままだったが、この二つの概念のどちらもそれ以後の世界の国際法に巨大な影響を与えることになったのは、周知の通りである。

しかし、サンズはここで国際法の理論的研究に専念するわけではなく、むしろ健脚のノンフィクションライターとして、世界中を飛び回って文書を発掘し、関係者に会い、人物像を浮かび上がらせながら、失われた物語を再構築していくのだ。甦(よみがえ)った物語のなかには、著者の祖父レオンとその妻の秘められた過去もあった。

これらの縦糸横糸が結び目を作るのが、西ウクライナの町リヴィウ(ドイツ語名レンベルク、ポーランド語名ルヴフ)と、そこから遠くないジュウキエフという町なのである。原著のタイトルは「東西通り」という。まさにここで東西が交差し、また世界に散らばっていった。血なまぐさい過去に包まれた物語だが、同時に東西のはざまにある東欧の小都市がこれほど懐かしく魅力的に描かれた作品も珍しい。本書の本当の主役はリヴィウとジュウキエフの町ではないか。(園部哲訳)
ニュルンベルク合流:「ジェノサイド」と「人道に対する罪」の起源 / フィリップ・サンズ
ニュルンベルク合流:「ジェノサイド」と「人道に対する罪」の起源
  • 著者:フィリップ・サンズ
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(620ページ)
  • 発売日:2018-04-12
  • ISBN:4560096252
内容紹介:
国際法教授ラウターパクト、法律家レムキン、ポーランド総督フランクの人生と家族、戦禍が交錯する。英ベストセラーノンフィクション

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2018年4月29日

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