書評

『ラヴェンナ:ヨーロッパを生んだ帝都の歴史』(白水社)

  • 2024/05/14
ラヴェンナ:ヨーロッパを生んだ帝都の歴史 / ジュディス・ヘリン
ラヴェンナ:ヨーロッパを生んだ帝都の歴史
  • 著者:ジュディス・ヘリン
  • 翻訳:井上 浩一
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(552ページ)
  • 発売日:2022-09-27
  • ISBN-10:4560094500
  • ISBN-13:978-4560094501
内容紹介:
「ヨーロッパの祖母」となった都市の盛衰ローマ帝国の中心がコンスタンティノープルに移った四世紀末、西方に新しい都が台頭する。イタリアの都市ラヴェンナにおいて、アリウス派のゴート人… もっと読む
「ヨーロッパの祖母」となった都市の盛衰

ローマ帝国の中心がコンスタンティノープルに移った四世紀末、西方に新しい都が台頭する。イタリアの都市ラヴェンナにおいて、アリウス派のゴート人とカトリックのローマ人は競って、比類なき建造物とモザイクを次々と創りだした。以来三百年にわたりこの町は、学者・法律家・職人・宗教人を魅了し、まぎれもない文化的・政治的首都となる。この特筆すべき歴史をみごとに蘇らせて、本書はイスラーム台頭以前の地中海世界の東西の歴史を書き変え、ビザンツ帝国の影響下にラヴェンナが、中世キリスト教世界の発展にとっていかに決定的な役割を果たしたのかを明らかにする。
全三七章の多くは、皇后ガッラ・プラキディアやゴート王テオドリックら支配者から、古代ギリシアの医学をイタリアに蘇らせた医師の業績まで人物に注目しつつ、多様な民族・政治宗教勢力のるつぼであったこの都市がヨーロッパの基礎を形づくっていくさまを追う。そして、都市史をより広い視野から地中海の歴史のなかに位置づける。
美しい図版と最新の考古学の知見によって、ヨーロッパと西方の文化へのラヴェンナの深い影響について、大胆かつ新鮮な解釈を提供する一冊。

[目次]
序章
第1章 西の帝都ラヴェンナの登場
第一部 390-450 ガッラ・プラキディア
第2章 ガッラ・プラキディア──テオドシウス王朝の皇女
第3章 ホノリウス帝とラヴェンナの発展
第4章 西宮廷のガッラ・プラキディア
第5章 建設者として、母として
第二部 450-493 司教たちの台頭
第6章 ウァレンティニアヌス三世と司教ネオン
第7章 ラヴェンナのシドニウス・アポリナリス
第8章 ロムルス・アウグストゥルスとオドアケル王
第三部 493-540 ゴート人テオドリック、ラヴェンナのアリウス派王
第9章 東ゴート王テオドリック
第10章 テオドリックの王国
第11章 テオドリックの外交
第12章 立法者テオドリック
第13章 アマラスウィンタとテオドリックの遺産
第四部 540-570 ユスティニアヌス一世と北アフリカ・イタリア戦役
第14章 ベリサリオス将軍のラヴェンナ占領
第15章 聖ヴィターレ教会──初期キリスト教芸術の精髄
第16章 ナルセス将軍と『国事詔書』
第17章 大司教マクシミアヌス──西方の砦
第18章 大司教アグネルスとアリウス派教会の接収
第五部 568-643 アルボイン王とランゴバルド族の征服
第19章 アルボインの侵入
第20章 ラヴェンナ総督府
第21章 グレゴリウス大教皇とラヴェンナの支配
第22章 イサク──アルメニア人総督
第23章 医師アグネルス
第六部 610-700 イスラームの拡大
第24章 アラブ人の征服活動
第25章 シチリア島のコンスタンス二世
第26章 第六回公会議
第27章 ラヴェンナの逸名世界誌家
第七部 685-725 ユスティニアノス二世の二度の治世
第28章 トゥルロ公会議
第29章 英雄的な大司教ダミアヌス
第30章 大司教フェリクス──波瀾万丈の生涯
第八部 700-769 辺境に戻るラヴェンナ
第31章 レオン三世とアラブ人の敗北
第32章 イコノクラスムの始まり
第33章 教皇ザカリアスとランゴバルド族のラヴェンナ征服
第34章 大司教セルギウスが支配権を握る
第九部 756-813 カール大帝とラヴェンナ
第35章 デシデリウス王の長い治世
第36章 イタリアのカール、七七四~七八七年
第37章 カールがラヴェンナの石を求める
終章 ラヴェンナの輝かしい遺産
謝辞/訳者あとがき
地図/索引/原註/図版一覧/ラヴェンナの政治・軍事・教会支配者

欧州の祖母と欧州の父、しみじみと

なんとも静寂な風情がただよう。北イタリアのアドリア海湾奥にあるラヴェンナは中心街に五~七世紀の由緒ある建築物が集中する。ここを「訪れたことがない者は、驚きに満ちた体験、素晴らしい喜びを味わい損ねている」と著者は語る。

ラヴェンナが歴史の表舞台に登場するのは四〇二年のこと。四世紀末、東西に分割されたローマ帝国の西方世界の帝都となり、皇帝と宮廷が迎えられた。ホノリウス帝の異母妹ガッラ・プラキディアもこの地に移住したが、帝権争いにまきこまれ、数年間コンスタンティノープル(現イスタンブール)に亡命する。やがて幼い息子ウァレンティアヌスの帝位就任とともにラヴェンナに戻った。

その後の四半世紀、プラキディアは皇太后として宮廷の中心にあり権勢をふるった。彼女の霊廟は「まばゆい星空と紺や金色の装飾」に輝き、初期キリスト教芸術の比類なき作品である。この地にあって、帝国支配の基盤となるゴート人とローマ人の融合が実現し、西方の都における帝権と教権との協同体制が築かれたのである。

しかしながら、五世紀後半、プラキディア死後の混乱のなかで、ゴート人が勢力を増しつつあった。それとともに、ラヴェンナでは、アリウス派キリスト教徒のゴート人とカトリック信徒のローマ人とが競うかのごとく、豪華絢爛(けんらん)たるモザイクで内装された建造物を創りだした。

ローマ皇帝が廃位され、五世紀末、テオドリック王が君臨すると、ゴート人やゲルマン人の力はローマ人の技術や帝国行政の要素と融合され、新しい未来が開く。この融合がラヴェンナをしてヨーロッパという合金を生み出す坩堝(るつぼ)とさせたのだ。聖アポリナーレ・ヌオヴォ教会とテオドリックの霊廟は、その優れた成果を物語っている。

その後、六世紀半ば、ラヴェンナはビザンツ帝国の支配下に入り、ユスティニアヌス帝の治世に総督府がおかれた。この時期に聖ヴィターレ教会や聖アポリナーレ・イン・クラッセ教会が建てられ、内陣の精緻な装飾とともに、初期ビザンツ建築を開花させている。とくにモザイク像の華麗さには目を見張る。前者の内陣北壁には皇帝ユスティニアヌス像、南壁には皇后テオドラのパネルがあって、興味はつきない。

しかし、その後、ランゴバルド族が侵入し、さらに七世紀になるとアラブ人の侵攻にも悩まされている。とはいえ、その混乱期にも、ラヴェンナがビザンツ帝国のイタリア支配の拠点であったことは、繁栄の名残であった。教会には、後にラヴェンナ教会の独立自治を祝って大司教が作らせたモザイク・パネルが付け加わっている。ときの皇帝や大司教が描かれているが、明らかに聖ヴィターレ教会のモザイク・パネルを真似ている。

しかし、八世紀半ばになると、ラヴェンナにおけるビザンツ帝国の権力が崩壊し、不安定な時代が訪れる。ふたたびランゴバルド族がラヴェンナを占領し、八〇〇年、ヨーロッパを統一したフランク王カールは皇帝を名のる。そのころ、ラヴェンナは過去の栄光を背負う目立たない町に戻った。

このようにふりかえれば、訳者が、「ヨーロッパの父」がカールなら、ラヴェンナは「ヨーロッパの祖母」であると語るとき、その感慨は身にしみるものがある。
ラヴェンナ:ヨーロッパを生んだ帝都の歴史 / ジュディス・ヘリン
ラヴェンナ:ヨーロッパを生んだ帝都の歴史
  • 著者:ジュディス・ヘリン
  • 翻訳:井上 浩一
  • 出版社:白水社
  • 装丁:単行本(552ページ)
  • 発売日:2022-09-27
  • ISBN-10:4560094500
  • ISBN-13:978-4560094501
内容紹介:
「ヨーロッパの祖母」となった都市の盛衰ローマ帝国の中心がコンスタンティノープルに移った四世紀末、西方に新しい都が台頭する。イタリアの都市ラヴェンナにおいて、アリウス派のゴート人… もっと読む
「ヨーロッパの祖母」となった都市の盛衰

ローマ帝国の中心がコンスタンティノープルに移った四世紀末、西方に新しい都が台頭する。イタリアの都市ラヴェンナにおいて、アリウス派のゴート人とカトリックのローマ人は競って、比類なき建造物とモザイクを次々と創りだした。以来三百年にわたりこの町は、学者・法律家・職人・宗教人を魅了し、まぎれもない文化的・政治的首都となる。この特筆すべき歴史をみごとに蘇らせて、本書はイスラーム台頭以前の地中海世界の東西の歴史を書き変え、ビザンツ帝国の影響下にラヴェンナが、中世キリスト教世界の発展にとっていかに決定的な役割を果たしたのかを明らかにする。
全三七章の多くは、皇后ガッラ・プラキディアやゴート王テオドリックら支配者から、古代ギリシアの医学をイタリアに蘇らせた医師の業績まで人物に注目しつつ、多様な民族・政治宗教勢力のるつぼであったこの都市がヨーロッパの基礎を形づくっていくさまを追う。そして、都市史をより広い視野から地中海の歴史のなかに位置づける。
美しい図版と最新の考古学の知見によって、ヨーロッパと西方の文化へのラヴェンナの深い影響について、大胆かつ新鮮な解釈を提供する一冊。

[目次]
序章
第1章 西の帝都ラヴェンナの登場
第一部 390-450 ガッラ・プラキディア
第2章 ガッラ・プラキディア──テオドシウス王朝の皇女
第3章 ホノリウス帝とラヴェンナの発展
第4章 西宮廷のガッラ・プラキディア
第5章 建設者として、母として
第二部 450-493 司教たちの台頭
第6章 ウァレンティニアヌス三世と司教ネオン
第7章 ラヴェンナのシドニウス・アポリナリス
第8章 ロムルス・アウグストゥルスとオドアケル王
第三部 493-540 ゴート人テオドリック、ラヴェンナのアリウス派王
第9章 東ゴート王テオドリック
第10章 テオドリックの王国
第11章 テオドリックの外交
第12章 立法者テオドリック
第13章 アマラスウィンタとテオドリックの遺産
第四部 540-570 ユスティニアヌス一世と北アフリカ・イタリア戦役
第14章 ベリサリオス将軍のラヴェンナ占領
第15章 聖ヴィターレ教会──初期キリスト教芸術の精髄
第16章 ナルセス将軍と『国事詔書』
第17章 大司教マクシミアヌス──西方の砦
第18章 大司教アグネルスとアリウス派教会の接収
第五部 568-643 アルボイン王とランゴバルド族の征服
第19章 アルボインの侵入
第20章 ラヴェンナ総督府
第21章 グレゴリウス大教皇とラヴェンナの支配
第22章 イサク──アルメニア人総督
第23章 医師アグネルス
第六部 610-700 イスラームの拡大
第24章 アラブ人の征服活動
第25章 シチリア島のコンスタンス二世
第26章 第六回公会議
第27章 ラヴェンナの逸名世界誌家
第七部 685-725 ユスティニアノス二世の二度の治世
第28章 トゥルロ公会議
第29章 英雄的な大司教ダミアヌス
第30章 大司教フェリクス──波瀾万丈の生涯
第八部 700-769 辺境に戻るラヴェンナ
第31章 レオン三世とアラブ人の敗北
第32章 イコノクラスムの始まり
第33章 教皇ザカリアスとランゴバルド族のラヴェンナ征服
第34章 大司教セルギウスが支配権を握る
第九部 756-813 カール大帝とラヴェンナ
第35章 デシデリウス王の長い治世
第36章 イタリアのカール、七七四~七八七年
第37章 カールがラヴェンナの石を求める
終章 ラヴェンナの輝かしい遺産
謝辞/訳者あとがき
地図/索引/原註/図版一覧/ラヴェンナの政治・軍事・教会支配者

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初出メディア

毎日新聞

毎日新聞 2022年10月29日

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